第19話 吉村保母の意見と感想 4


 急須の湯は、すでになくなっている。

 その中の茶葉の水気も、少しずつ応接室の空気に染込んで乾きつつある。

 吉村保母が感慨深そうに山上保母の言葉を紹介してしばらくの間考え込んでいた大宮氏が、ここで意見を込めた質問をしてきた。


 そうですか。私ね、一つ、気になったことがあります。山上先生がかねて吉村さんにおっしゃっていたというお言葉を、私なりに少し分析してみました。

 山上さんは、子どもたちにとって何より、「今が大事」とおっしゃった。

 保育の現場で働いたことはありませんが、私も子育てしましたからわかります。

 子どもたち、それも小さな子らへの対応は、待ったなしですよね。

 今日の今、対応していかなきゃいけません。下手に放置してごらんなさいよ、虐待かどうかはともあれ、これが仕事であれば責任問題になりますからね。


 山上先生は、保育のプロ。待ったなしの小さな子らへの対応は、もちろんしっかりとしてこられたでしょう。ですが、その子が成長していくにつれ、単にその場で何とかなる話ばかりではすまなくなってきますよね。

 この地にいる子どもたちひとりひとりがどう成長し、どのような形で社会で活躍していくかといったことに対してまでは、正直申し上げて、責任を持ちようがない。

 子どものころから知っている人に対してそういう刃を向けるのは嫌ですけれど、そこは指摘せざるを得ないところです。


 これに対して、大槻さんにしても、あの米河清治君にしても、今はもちろん大事だが、大槻さんはその先を見据えたことをやっていかないといけない立ち位置で仕事をされているし、また、あの少年もそういう状況下で高校生になっている。

 今さえよければいい、楽しけりゃいい、周りの子らと仲良く過ごせればいい。

 そんなことで許される話じゃないですよね、どちらも。


 もちろん山上先生も、そんなことは十二分にお分かりだったでしょう。

 ですが、立ち位置の違いは、個人の好き嫌いなどの感情の次元を超えて、大きな対立点になってしまう。そしてそこに、対立軸が生まれます。


 吉村さんは山上先生というなら同じ立ち位置の方だと思われますが、どうでしょうか、園長をされているこちらの大槻君や、すでにこの地を去って、津島町で高校生になっている米河君のような人たちを見られて。

 山上さんと大槻君が仕事上対立するのは、あるいは、米河少年がやっていこうとしていることに対して、山上さんに限らず、このよつ葉園の職員さんたちが対応しようとしていたことに対して、どうお思いですか?


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 少し、話の間が空いた。大槻園長が、ここは話を切り出した。

「吉村先生、この話は他の職員に聞かせることはありません。ぜひ、思われているところを、お聞かせください」

 彼の要請は、いつになく丁寧である。他でもない、自分自身も話に持ち上がっている対立軸の片側に位置する人間であるから。


「わかりました。今しばらく、思うところを整理していたところです。大宮さんからお話をお聞きして、おかげさまで整理できました。どうか、お聞きください」

 そう言って、吉村保母はさらに話をつないでいく。

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