第18話 吉村保母の意見と感想 3

「そうですか。それはいい御経験をされたのでは。山上先生としっかりお話しされることで、吉村さん御自身、それまでと大きく変わったようなこともおありだったのではないですか? そんなものないと言われればそれまででしょうが、どうか、そのあたりをお話しいただければ」


 大宮氏が、さらにその点につき深いところまで聞いておきたいとの趣旨を述べる。

 吉村保母は、さらに話を続ける。

 残った急須のお茶を、大槻園長が吉村保母の湯呑に入れてやった。

 これで、少しでも話してもらおうという気持ちと、自分自身も底をしっかり聞いておきたいという思いからの行動であろう。


 私が山上先生としっかりお話しできたのは、あの方がよつ葉園にお勤めになられた最後の2年間でしたね。それまで全くしていなかったというわけではありませんけれども、本当に、あの方と、いえいえ、あの方の人生と真剣に向き合わせていただいたのは、その2年間です。私にとっては、本当に素晴らしい人生の糧をいただけた思いです。山上先生には、本当に、本当に感謝しています。


 大槻先生が、山上先生のことを「余人もって代えがたい方」と、昔から、お酒の席でよくおっしゃっていましたよね。

 最初は、単に大げさに持ち上げていらしただけかと思っておりました。

 ひょっと、大げさな言い方で話を盛ってそう述べていらっしゃるのかな、とも。

 ですが、そうではなかったことにほどなく気づかされました。

 職員会議や朝礼などでは、そんなことを言われたような記憶はあまりありませんけれども、その言葉の意味が、山上さんとお話しするたびに、私の心の中に深く深く、染み入っていったように思います。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 目の前の子どもと、そのときそのとき、真剣に向き合う。

 この仕事で一番大事な言葉は、「一期一会(いちごいちえ)」。

 一番大事なのは、過去でも未来でもなく、今、このとき。

 その積み重ねが、この子たち一人一人の未来を築く土台になるのです。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 山上先生は、ことあるごとに、こんなことを私におっしゃっていました。

 特に、保育の現場においては、そのことがいかに大事なことなのか、頭ではなく肌身で気づかされたのは、山上先生の最後の2年間でした。

 他の若い保母さんたちにはそうでもなかったかもしれませんが、私に対しては、今申し上げたようなことを、もう、話すたびに、表現やたとえを変えて、時にはお若い頃のお話であったり、時には今いる子の小さいころのお話であったり、そこの違いはあるにしても、いろいろな事例を聞かせていただきました。

 独身の若い頃にもし同じ話を聞かされていたとすれば、おそらく、うっとおしいおばさんのつまらない昔話としてしか聞けなかったかもしれません。


 でも、私にとっては、そうではありませんでした。

 少なくとも、あの2年間は。

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