第16話 吉村保母の意見と感想 1

 私は現在、山上の後継として、保育の主任保母を担当しております、吉村静香と申します。現在子育て中でして、それこそ、大宮さんもご存じの、昔の山上先生のような立ち位置でお仕事させていただいております。


 私自身、山上先生ほどの年齢には達しておりませんけれども、徐々に、若い保母さん方と年齢差も出つつあるところです。もっとも、私自身は若いころから、山上先生の昔ながらの感覚にはついていけないところがありましたし、それはもう、このよつ葉園に就職してこの方、ずっと感じておりました。

 まあでも若いうちは、山上先生に意見申し上げるなんてこと、とてもではありませんけれども、はばかられていました。特に、独身時代は、そうでした。

 ですが・・・。


 そこまで述べて、彼女は玉露茶をすする。

「やはり、吉村さんも、山上先生のおやりになっていたことには、疑問をお持ちだったってことですか」

 大宮氏の質問に、彼女は湯呑を置いて、答える。


 ええ。大宮さんのおっしゃる通りです。

 独身時代は、それでも、何とか耐えられていました。

 まあ、いつまでもこの地にいるわけでもないし、結婚したらそれまでよくらいな、正直なところそんな気持ちでした。それでは今いる子どもたちがかわいそうだろうといったことまで、考えは回っていませんでした。

 ですが、結婚しまして、夫も私が仕事することに理解示してくれていますし、何より、当時園長だった東先生も、私に、山上先生と若い保母らとの間に立って何とかしてほしいと、そのようなことを求められまして、出産前後しばらく休職しましたけれども、ある程度子どもの手が離れ始めた段階で、復職しました。

 そういえば、山上さんも、お若いころ、1年ほど休職されていましたね。

 そういうこともありまして、東先生から、1年間の休職が終わる前に、是非とも復職していただきたいとお願いされました。

 不思議なものです。

 独身時代は、特に山上先生のやり方などに不満があったからと言っていちいち指摘するような気も起りませんでしたが、復職して参りましたら、そうですね、どうしても、これはさすがにまずいなって感情が起こりまして、まずは、ある機会に山上先生に対して、今の時代はどうかって、お尋ねしてみました。

 やっぱり、私が思っているような答えが、帰ってきました。

 今の時代、と言っても、今から数年前、こちらに移転して2年目でしたか、もう50代に入っていらっしゃいましたけど、山上さん、こんなことを私に言いました。


「私は、よつ葉園の子どもたちの「お母さん」、母親になるべく努力してきました。ですが、どうでしょうか、吉村先生、私はこれからのよつば園の子どもたちにとっての「おばあさん」になることは、できないものでしょうかね?」


 定年の3年前でしたから、52歳くらいの頃だったと思いますが、なんだか、そのお言葉を聞いて、いささか、寂しい思いと同時に、山上さんご自身、変わりたくても変われないようなもどかしさを感じられているのかなと思わされました。

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