第15話 玉露の三番煎じと、呼び出された中堅保母

 程なく、安田事務員が応接室にやってきた。

 ちょうど昼過ぎ。保育室の子らは昼寝の時間に入っている。

「園長先生、吉村先生は保育室で保母さん方に指示を出され次第、すぐ来られるそうです。それから、急須、いったんお下げいたしますね。三番煎じをご用意します。少し熱めに淹れますね」

 そう言って、急須を烏城彫の盆にのせ、彼女は応接室をいったん退いた。

 彼女はその後、急須に熱湯に近い温度の湯を補給し、再び、烏城彫の盆にその急須を乗せてやってきた。その駄賃で、湯呑は、もう一つ用意された。

 一通りのことをしたのち、彼女は、丁重な言葉を述べて事務室に戻った。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 程なくして、年の頃30代前半の若い女性がやってきた。

「失礼いたします」

 入室してすぐ、彼女は来客と上司に丁寧にお辞儀した。

「あ、吉村さん、どうぞ、私の隣にお掛けください。それから、こちら、三番煎じで申し訳ないが、玉露があります。あなたもどうぞ、召し上がれ」

「ありがとうございます」

 そう言って、彼女は大槻園長の隣のソファーに腰かけた。

「大宮さん、こちらが、吉村静香と申しまして、現在、山上先生の後任として保育室の主任保母を務めていただいております」

「そうですか。初めまして、大宮哲郎です。吉村さんのお話は、大槻園長や山上先生からよくお聞きしております」

「そうですか、ありがとうございます。大宮さんのことは、大槻や山上から、いろいろお聞かせいただいております。何でも、O大学の法学部を優秀な成績で卒業されたそうで、立派な御方であると、お二人からは伺っております」


 一通りあいさつし終えた後で、大槻園長が話を切り出した。

「吉村先生をお呼びしたのは、他でもない。山上先生のこともさることながら、あなたが御覧になった範囲のことでよろしいので、率直に、大宮さんに今のよつ葉園の現状を、特にあなたは保育を担当されていらっしゃるから、その方面を主に、お話しいただきたい」

「それは構いませんが、あまりこのよつ葉園内のことを外部の第三者の方にお話するのは、いかがなものかと・・・」


 懸念する中堅保母に対し、大槻園長はその懸念を自ら排除した。


 いやいや、構わん。むしろ是非、お願いしたいほどです。こちらの大宮さんは、森川が園長をしていた時代からよつ葉園のことをよくご存じです。

 以前は、森川がよく大宮さんにかれこれ相談を持ち掛けていたほどでしてな、まあその標的の一番手が、この私だったわけよ。

 そういう方ですから、あなたにはぜひ、その点についていろいろお話願いたい。

 そう思って、あなたをここにお呼びしたのです。

 保育だけじゃなくても、年長の子らのことなんかでも構いません。むしろ、そちらについてもお話願いたいくらいだ。あなたの御覧になった範囲で、とにもかくにも、このよつ葉園という養護施設を、内部から見てどうなのか。

 ぜひ、お話願いたい。


「園長先生がおっしゃるなら、この際、いろいろ述べさせてください」

 覚悟を決めた中堅保母は、思うところを話し始めた。

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