第14話 手本にされること自体、悪い気はしないが・・・

 なるほど、尾沢さんという方の思うところ、考えているところ、そして、そのもととなる彼の人生経験というのが、私には目に見えるかのようにはっきりとわかるよ。

 かねて大槻君がお手紙で指摘されている通り、彼は剣道をされているよな。

 その一言だけで、ますます、彼の一途に思いを実現したいと邁進する姿が目に浮かぶようだ。あの青春ドラマのイメージが強すぎるからかも、知れないがね。

 ただ、それは本当に、この地にいる子どもたちにとって、長い目で見て糧となり得るものなのかどうか、ぼくにはいささか、疑問が付きまとって仕方ない。


 そう言って、大宮氏は玉露の二番煎じをまた一口、身体に通し込んだ。

 大槻園長が、大宮氏の弁にさらに答える。


 ええ、そこなのですよ。

 尾沢君は、兵庫県西部の出身でしてね、あの地域は何だかんだで東に向かう人のほうが多いところですが、案外、岡山あたりに出て来られる方もいらっしゃるところですよね。南方の吉備商業とか、半田山の上の文理大附属とか。まして西大寺の金山高校なんか、岡山市と言ってもまさに東部ですから、赤穂線で赤穂や相生あたりからでも、生徒が結構来ておりますよね。各学校の学力云々はさておくとしましても、ともあれ、あの世代の学生さんの行き来は、確かに多いです。

 彼も大学からですけれども、そういう形で岡山と御縁のできた人の一人ですよ。

 彼自体は、岡山という街を自身にとっての「新天地」のようなものだと思っている節がありますね。まして、このような郊外の丘の上という、自然豊かな場所。彼にとっては、こういう地で結婚して家庭をもって家を構えることが、夢のようなところもありました。

 現に昨年結婚されまして、近く子どもさんも生まれる予定です。


 とはいえ、彼にとってのその理想というのは、この地にいる子の誰に対しても通用するものではない。

 そのことに、彼がどれだけ気付けているのか。

 私には、大きな疑問というよりも、それはもはや、「懸念」と言ってもいいほどのものがあるのですよ。

 やれ我が子がかわいいだの、家庭というものは素晴らしいだの、そんなことを子どもらの前で述べる。

 現にこの地の私の住む職員住宅の隣に居を構えて、そこで家庭を築いている。

 そしてそこで、彼は、夢と理想を追い求めている。

 まあ、慶賀に堪えぬことでありますし、私自身も、そのこと自体悪いとは思っておりません。何と申しても、大槻和男という「見本」がありますから、このようにやれればいいのではないかと、そんなことを考えておるようです。


 私自身は、若い尾沢君に手本とされること自体、悪い気はしません。

 ですが、果たして、私が若い頃からしてきたことと同じようなことをして、彼の場合は本当に、それが彼自身はもとより、奥さんやこれから生まれてくる子どもさんたちにとって、幸せ足り得ることなのかと考えてみますと、必ずしも、そうも思えないところが多々ありますね。

 どうせなら、山崎君や梶川君のように、通勤してくれても、いいのですがね。

 近くでもいいし少しくらい離れて、学区が違ってもいいから・・・。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 そこまで話した大槻園長は、玉露の二番煎じを飲み干し、内線電話を掛けた。

「安田さん、お茶、頼みます。それから、吉村先生がお手すきなら、応接室にお越し願うよう、連絡してくれるかな」

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