第10話 暴力はいけない。確かに、いけないのだが・・・

「ところで大槻君、このところ、体罰、まあその、しつけとか何とか称してみたところで、子どもらに手を上げたりしてはいけないと言われておるが、君は、その点についてはどうお考えなのか? あるいは、何か対策を講じているのかね?」


 大宮氏の指摘に、大槻氏は高級珈琲を幾分口にして、答えはじめる。


 ええ。確かに、暴力はいけません。愛情のない、何ですか、法律学の世界では「有形力の行使」というのですよね、そんなのは、もちろん論外です。

 ですが、一概に否定し切るのもいかがなものかとは、正直、今も思っております。

 現に、言ってわからない子も少なからずいます。特に、こういう場所には。

 そういう子らに対しては、ある程度の「懲戒」と称し得る範囲の「有形力の行使」として、多少のげんこつ程度であれば、私は、認められるべきであろうと考えております。それで現に、手を出したりもしております。

 言うまでもありませんが、米河清治君のような子には、当然、そんなレベルの考えも指導も通用しませんよ。なんせ、「ためを思ってと言えば免罪符になると思ったら大きな間違いだ」なんてことを言える子に、そんなことをするわけにはいかない。

 こちらの能力も姿勢も、下手すれば人生観さえもが問われるレベルの子に対して、そんなお粗末な対応が許されるわけがありません。

 愛情をもって、ためを思って・・・。

 そんな言葉を使えば何でも免罪符になるわけもない。


 そうそう、大宮さん、御存知ですか?

 市内の昭和館という養護施設、ありますよね。

 あちらで、小学校高学年から中学生にかけての女子児童何人かが、小1の女子入所児童をいわゆる「いじめ」で殺してしまった事件がありましてね。

 今、裁判でやり合っていますよ。施設側の弁護士さんの娘さんは確か、今年O大学の法学部に入学されたと伺っています。おそらくは米河君の先輩になるであろう方ですな。大宮さんからすれば、後輩ですね。それはともあれ、その弁護士さんにお会いする機会がありましてね、養護施設の抱える問題点をいろいろ尋ねられまして、私も思うところを話させていただきました。


 人手が足りない。人材なんてとんでもない。過重労働が過重労働と認識されないまま、生活と仕事の境界もあいまいになる仕事ですからね。

 もうそれはこの仕事の宿命のようなものでして、それはある程度仕方ない側面もあるとはいえ、放置していいかと言えば、そんなわけもない。

 すぐには無理なことはある程度目をつぶらないとやっていけないのは確かですが、それも程度問題です。

 それから、その遺族側の弁護士さんともお会いしましてね、こちらは協産党筋の方のようですけど、この方も、養護施設のそのあたりの様子を、あまりいい目では見ておられませんね。

 よく、そんな状態で「仕事」が成立つものだと、呆れておられますよ。

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