第9話 きな臭さを飛ばす爽やかさをもたらす珈琲の香り
「しかし君はまた、凝りに凝りまくっているねえ。私個人としてはここまでお気遣いいただけてありがたい限りだが、なにゆえ、そこまで張り切った様子をお見せになっておいでなのかなと思えてならんのだけどなぁ・・・」
ブルーマウンテンをすすりながら、大宮氏が尋ねる。
ええ、確かに、私自身、こうした形でおもてなしさせていただいておりますが、何と申しましょうか、これも、自分自身に心底から決意をさせていると言いますか、こういうところからでも変えて行かないといけないのだと、そういうことを思ってやっている側面があるのは、否定しません。
確かに、先程のどいつもこいつも、のお話ですが、このよつ葉園という枠の中だけで通用しているような話、ものすごく、多いですね。特に住込みで働いている女性職員に言えることですけど、本当に、社会性というものに疑問符のつく言動が目についてたまらんのです。
この施設の中などでいくらうまくやれたところで、しょうがない。
そこにきて何と言いましょうか、これは男の児童指導員で尾沢康男君というのがおりますけれども、彼の言動には、そういうものが目立ちますね。
「そんなことでは、社会に出て通用しない」
などと、さももっともらしく子どもらに説諭することが多いのです。
確かに、社会人として生きていくにあたってはいろいろなことがありますよ。
辛いことも悲しいこともあるでしょう。
辛さに涙することだって、ありますよ。
ですがね、それをさももっともらしく、えらそうに語っているおまえはどうなんだということになったあかつきには、おまえは言うほどのこともできているのか、情けないと、そう言いたくなることがもう、日常茶飯事にありますよ。
その尾沢君は、確かにまじめな人物で、真剣に物事にあたろうとしているのはいいのですが、いかんせんねぇ、そういう社会経験に本当に長けているのかと言えば、そんなわけでもない。
せいぜい、この施設の中かそこらでどうこうと、そんなレベルでしか通用しないことを、子どもらにわあわあと述べて、仕事した気になっているだけですよ。
それではいけないと、私もことある毎に彼には厳しく指導しておりまして、彼もその指導というか、私の期待に応えるべくしっかりやろうとしてくれているのですけれども、それがねぇ、どこかで、自分自身の存在を否定されかねないような気持になるのでしょうな、やっぱり、なかなかその点の改善がなされない。
その原因は、やはり、このよつ葉園という養護施設が「閉じた環境」になり過ぎているからに他なりません。
彼は、将来的には本園の園長になって欲しい人材ですし、彼もその適性は十分あると思っています。
いつぞや、米河清治君の叔父さんが、「勤勉な無能」と称して尾沢君の一連の言動を厳しく非難していました。確か、前園長の東の時でした。こちらに移転する寸前のことでしてね。大宮さんもご存知と思いますけど、あの方の御指摘は、それはそれは厳しいものでした。東でさえも、ぐうの音ひとつ出せませんでしたからね。
大宮氏は、黙って後輩でもある大槻氏の弁を聞いている。
ときに飲むそのブルーマウンテンの香りは、その話のきな臭さを吹っ飛ばしてくれるかのような爽やかささえ感じさせてくれる。
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