第8話 今度の飲み物は・・・

トントントン


「はいどうぞ」

 大槻園長の声に呼応して、女性の声。安田知世事務員が入室してきた。

「お待たせいたしました。大宮さん、園長先生、どうぞ」

 彼女は、先程まで高級茶の入っていた湯呑一式を回収した。

 それに先立って、今度は、来客用コーヒーカップ一式がサーブされている。

 3年前のカップと、ほぼ同じもの。

「それでは、失礼いたします」

 かくして、かの若い女性は応接室を去っていった。


 室内には、珈琲の香りが漂っている。

 どうも、香りからしてかなりの高級品であろうとは、素人でも想像つく。


「おいおい、今度は、まさか・・・」

「インスタントでは、もちろん、ありません」

「そういう問題じゃないだろう(苦笑)。これまさかとは思うが、ブルーマウンテンとか、言わないよな?」

 先程の玉露と言い、この度の珈琲と言い、何と言うことか。

 感心するのを通り越して、呆れることもままならぬほどの衝撃を受けている大宮氏の予感は、あたった。

「そうです。この度は、ブルーマウンテンのブレンドを、これはもちろん有賀茶房さんではありませんけど、懇意にしている珈琲店で買ってまいりました。厳密には、ブルーマウンテンの豆だけではなくて、ブレンドではありますが・・・」

 大槻氏は、珈琲豆もまた高級品を用意してきていたのである。

「これは、岡山洋行さんのものかい?」

 大槻氏は、そのことをあっさりと認めた。


 ええ。大宮さんもご存知の岡山洋行さんです。

 今の代表者の御夫人は、よつ葉園の卒園生のお父様の娘さんで、御自身も中学までこのよつ葉園で過ごされた方ですよね。あの岡山清美さんの会社です。

 あ、これももちろん、私のポケットマネーです。

 ブルーマウンテンの淹れ方云々についても、しっかりとお店の方にご教示いただきまして、いやあ、知らないことばかりですよ。

 それを知っていくということがいかに大事か、そのあたりを今までいい加減にやってきたことを、業務全般にわたって根本的に修正していかねばならんと、このところ痛感しておりましてね。そのための意識改革も兼ねて、こういう形で大宮さんの前で決意表明させていただこうと、この度は思い立った次第です。


 彼の言うことを一通り聞いた大宮氏は、その珈琲をすすって、尋ねた。

「まさか、ブルーマウンテンの淹れ方も、安田さんと研修したのか?」

 その答えは、案の定ともいえるものであった。

「いえいえ、そこまで大したことはしておりません。こちらは、彼女、アルバイト先で淹れたこともあると申しておりましたからね。とはいえ、久々に淹れてみてくれないかとお願いしたら、快く淹れてくれましてね。やっぱり、プロの淹れる珈琲です」


 応接室内に、今度は、柔らかなコーヒーの香りが、ほんわりと漂っている。

 大宮氏の目の前の壁の上には、幼少期からかわいがってくれた初代及び二代目の園長の肖像画と肖像写真が飾られている。

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