第5話 あの日のこと 2

「その日のことは、これでよ~く、わかったよ。ところで、山上先生が確かに若い職員らから疎ましく思われていたことはもう嫌というほどわかってしまったが、山上さんに対してそのことをたしなめる職員さんや、味方になってくれる職員さんは、まったくいなかったのか? だとすれば、何だか寂しい気もしないではないな」


 このような情緒的な言葉を、大宮氏は普段から述べることはない。

 それでも、さすがにここまでとなれば、言わざるを得ない気持ちになっていた。

 大槻氏は、若い頃からの知人で先輩でもある大宮氏に、返答する。


 山上先生に、今の時代はこうだとたしなめてくれる職員は、確かにおりました。

 というより、今日も保育に来ています。

 吉村静香という保母がおりまして、彼女はことある毎に、山上さんに、今の時代の様子や他の職員らの動向や思うところ、子どもの言動などについて、その間に立って時にはたしなめたり、時には山上さんの意見に賛意を示したりして、私ができないところを上手く埋め合わせるかのように、山上さんと私の間を取り持ってくれました。

 その点については、もう、吉村さんには感謝してもし切れませんよ。


 彼女は現在30代前半で、子育て真っ盛りです。

 旦那様は協産党筋の方で、とある団体の役員をしておられます。

 彼女がいてくれることで、実のところ、いい意味で労働組合の代表者と使用者である私の間の話し合いが成立って、本園の業務が上手く行っているところもあります。

 そういう意味では、彼女もまた余人もって代えがたい要素を多分に持っておられる方です。お陰様で、労働者の立場や権利を守ることがどういうことなのかを、私なりに考えるきっかけを与えてくださっている点については、吉村さんに感謝することこそあれ、ケチをつける筋合いもないですよ。もちろん、私自身は協産党さんの言っておられることがすべていいとは思っておりませんけどね。


 それにしても、あの日は、山上さんもでしょうけど、私も疲れ果てましたよ。

 津島町からこちらへの全面移転なんか比にならないほどの、大事業でしたね。

 少なくとも、私にとっては、ですが・・・。


 そう言って、大槻園長は少し間を置いた。

 大宮氏が、機を見計らうかのように言葉をつないだ。

「そら見ろとまでは言わないが、どうだい、私が以前君に指摘したとおりだったのではないかな?」

 大槻氏は、痛いところを突かれたかのように回答した。

「もうこりごりですよ、こんな首切り役人の出来損ないのような業務は・・・」

「気持ちはわかるよ。だけど、今後同じような仕事をせねばならぬことは、このよつ葉園の情勢を見るに、そこまでの必要性はなさそうだな。その代わり、今度は男性の職員のほうが、どうやら。まあ、君の方針で行けば、森川のおじさんのように年配の退職者を招聘するような手法は打たないだろうから、それも心配ないか」


 これに対する大槻氏の弁は、予想通りのものだった。

「ええ。そういうことをする必要がないよう、福祉のプロと言える人材を作っていかねばなりません。特に男性職員は。間に合わねば、昨年春にくすのき学園から移籍してきた山崎良三君のような人物を招聘するような形でも取らねばなりますまい」

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