第3話 玉露を飲みながらの、愚痴

「おい、大槻君、このお茶だが・・・」

 大宮氏が驚くのも無理はない。

 素人でも、それが高級品であることがわかるほどの茶葉から淹れたものであることが明白。ふたを開けられた湯飲みからは、その香りが容赦なく応接室を駆け巡る。

「ひょっとして、これ、玉露、とは、言わないよな?」


「はい。そうです」

 大槻園長は、あっさりと認めた。

「先日、デパートに参りました折に、表町の有賀茶房さんに立寄って買ってまいりました。さすがにこれは本園の経費ではなく、私の、ポケットマネーです」

「そっりゃあまた、大奮発されたものだね。そこまで気を使って下さらなくてもよさそうなものだが・・・」

 びっくりし驚きあきれる大宮氏に対し、お茶を一口すすった大槻氏は、述べる。


 いやまあ、その、私、大宮さんが御存知の通り若い頃から西洋、それもアメリカ文化へのあこがれがありまして、それ故、クルマ屋を起こそうともしました。ですが少しずつ年を取るにつれまして、この日本の良さと申しましょうか、まだ知らないことや体験できていないこともたくさんあるのではないかと、そのような自問自答をする機会が多くなりましてね。

 お茶にしましても、玉露茶なんてもの、若い頃は興味も関心もありませんでした。

 しかしながら、折角日本という国に生まれ育って、その国のことも満足に知り得ぬまま人生を送るというのも、いささか、寂しいとか何とかいうよりむしろ、情けないのではないかと、そんなことを思うようになりましてね。

 それで、先日、この玉露茶を買ってまいりました。

 淹れ方についても、その有賀茶房の方からしっかり教わってきました。

 それで先日、安田さんと一緒に、玉露を入れる「研修」を実施しました。

 これを飲むからに、その成果はあったように思われます。


 そこまで述べて、大槻氏はさらに一口、玉露をすすった。苦みのほとんどない、もはや甘味ともいうべき茶を、分別盛りの中ねん紳士らがすすっている。


「ポケットマネーを使ってまで、しかも淹れ方の研修まで実施とは、恐れ入った話だなぁ。昔のビジネス特急のパーラーカーや客車特急の一等展望車の給仕並のことをさせる上司も、今どきいたものかな」

 苦笑しながら、玉露茶の出現した経緯に対して大宮氏が感想を述べた。

「あ、先程の話ですけどね、どいつもこいつも、とは申しましたが、彼女はもちろんその範疇からは、外れております。喫茶店のバイトでお茶、それも玉露など淹れたことないと申しておりましたけど、何度か練習すれば、ほらこのとおりです。さすが、『プロ』の淹れるお茶は違いますよ」

「それは確かに、大槻君のおっしゃる通りだな。これだけのお茶には、そうそう出会うことなどないよ、私でも」

「で、先程の、どいつもこいつもの続き、させてくださいよ。せっかくの玉露がまずくなるとか、そんなことおっしゃらずにどうか、お聞きください」


 大宮氏は、彼の言おうとする愚痴を止めようとはしなかった。

「まあ、旨いのまずいのと言っていられるうちが華だ。本気腹の立つことがあって、それが静かな怒りを出しているときは、食べ物であれ飲み物であれ、味なんてしないものよ。だから、もちろん構わんよ。君だって、それが話したくてしょうがないだろう。こういう場所でも話さなきゃ、旨いものでも飲み食いしなきゃ、やってられないのはよくわかるから、遠慮なく話せばいい」

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