2年目の春 郊外の丘の上から 2

与方藤士朗

プロローグ ~3年ぶりの訪問

第1話 3年ぶりに、丘の上のよつ葉園へ

作者より御挨拶


2年目の春 郊外の丘の上から

https://kakuyomu.jp/works/16817330651083184020/episodes/16817330651083353551

↑ こちらは、上記作品の第1話 プロローグ ~よつ葉園の全面移転事業


この作品は、上記サイトより始まる一連の物語のその続きです。


・・・・・・・ ・・・・・ ・

ときは、1986(昭和61)年5月2日。大型連休の端境の平日。


 3年前の1983年5月の連休時に久々に里帰りした大宮哲郎氏は、旧知の大槻和男園長に会うべく、兄の自家用車、黒塗りのクラウンを借りて、郊外の丘の上に全面移転して2年目のこのよつ葉園までやってきた。

 振り返ること、3年前のちょうど今頃。大宮氏はこの日同様、兄のクラウンを借りて、この地に初めて足を踏み入れていた。

 やはり今年も、桜はすでに散っている。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 あの頃はまだ、大宮氏が少年の頃から知っていた山上敬子保母が若い頃同様保母としてこのよつ葉園で働いていた。

 折角の機会でもあり、彼は山上保母とも、幾分話すことができた。

 年齢以上に元気そうな彼女を見てうれしかった半面、それがこのよつ葉園に別の意味で問題点を引き起こしていることを伺い知っているだけに複雑な感情を抱かざるを得なかったたことを、彼は忘れもしていない。


 よつ葉園は、あの日から3年間のうちにその雰囲気を大きく変えている。

 良くも悪くもであろうが、そこに住む子どもたちにとっては、決して悪くはない変化であったとだけ、申しておこう。

 全面移転してきた初期の混乱も、この頃には完全に収まっていた。

 ただし、この施設を運営している施設長である大槻和男園長にとっては、その改革は決して楽なものではなかった。彼にとってその最大の難関は、旧時代の象徴ともいうべきその山上敬子保母の処遇であった。

 彼女は、定年後も嘱託としてこのよつ葉園に何日かでも務めに来たいと、強く願っていた。子どもたちのため、死ぬまで尽くしたい。その気持ちに嘘などなかった。

 しかし、彼女の思いとは裏腹に、若い同僚たちや後輩で年下でもある大槻園長、さらには肝心の子どもたち、特に年長の子らにとって、彼女の存在はもはや疎ましさを通り越したところに達していたのである。

 彼女は、そのことにうすうす気づいていた。それでも、子どもたちのために、ためを思って、彼女なりに「一生懸命」がんばった。

 だが、彼女のその頑張りは、もはや、その地の職員にとっても、また、児童と呼ばれる子どもたちにとっても、その役割が有効に機能しているとは言えない状況になっていたのである。


 要は、山上敬子保母は、よつ葉園の子どもたちにとっての「おばあさん」にはなれなかったのである。それは良くも悪くも、彼女の置かれたを客観的に俯瞰して第三者の目でとらえた上での「現実」であった。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 前回大宮氏は、国道2号線側、つまりよつ葉園のある丘の北側から来て、帰りは南側の東山峠経由で自宅へと戻っていた。今回もまた、2号線側から百間川を渡ってこの丘に通された道路を通り、登り切って少し下りたところを左折して、よつ葉園の敷地へとクルマを乗り入れてきた。

 来客用とされる駐車位置にクルマを停め、事務室のある管理棟へと歩いて行った。

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