第6話 生徒会

雰囲気の変化を目の当たりにしたからか、先程までのどよめきが静まっていく。

スクリーンの文字、壇上にいるよく見えない女性がマイクを取る動作をする際の響く物音がより、周囲の静寂を誘っているようだった。


そして、講堂に静寂が訪れ、少し経つと壇上にいる女性がお辞儀をして口を開いた。


「ソーショラル専門校にお越しいただいた愛しき生徒の皆さん。 おはようございます。

わたくし、本校の校長を務めるメーティス=オーセンアール・ジブリールと申します。 


長くて覚えずらい名前ではありますが、お見知り置きくださいますと大変嬉しいです」


校長先生の話は、一週間前に起きた未曾有の出来事や、それによる入学式の延期のこと、生徒への労りへと流れていき、最後に入学式を迎えることが出来たのはレスキュー隊の力は勿論、教師陣含めた皆さんのお陰だと締めようとしていた。


すると、校長先生の頭が微かに横へ動く。


あくびを漏らす生徒に気付いたようだった。


私もあくびしようとしていただけに戦慄する。


「まあ、長話をしていても仕方ないですね。 皆さん、きっと早く教室に向かいたいでしょうし。


では、これから一つの問い掛けを皆さんに投げかけます。 それが終われば、私の話は終わりにしましょう。


では、先ず問い掛けに関する説明を少し」


すると、校長先生は見てわかるように、動きを加えて説明を始める。私はそれを見て聞きながら、自分の元にある机にも視線を落とす。


分かった方は挙手をして、机の右側にあるマイクをお持ちください。私がマイクに電源を入れるので『どうぞ』と私が言いましたら、問い掛けの答えを言っていただけると。


もし問い掛けの回答者がいなかった場合。 問い掛けはその場で終了とさせていただきます。 ご安心ください、答えられなかったとしても内申点に響くことはありませんので」


表情はハッキリ見えないものの、チラリチラリと揺れる宝石のピアスの動きと、身体の動きはよく分かった。


「では、これから問い掛けに移ろうと思います、が、ここまでで質問がありましたら挙手をお願いいたします」


手を挙げる生徒はいなかった。内心に響かないから分からなくても良いって思ってる人もいたりするのかもしれない。 まぁ私がそうなんだけど。 てへ。 なんてことを、ふと思うピース。

暫し静寂が続き、誰も手を挙げていない事を確認した校長先生は「では問い掛けに移りますね」と軽快に一言。


すると、ステージのスクリーンに左右から優しいスポットライトが当たる。

テーデン!と、愉快なSEと共に、スクリーンに問い掛けの内容が浮かび上がった。


そしてそれを、校長先生は読み上げる。


「この学校を卒業するまでに、皆で切っておきたいゴールテープがあるとして。


そのゴールテープは何を乗り越えた先にあるのかを答えていただけますか?」


では、当てていきましょう。 と、続ける校長先生。


すると三人の生徒が手を真っ直ぐに挙げた。


ここで挙げるんだ。

内心に響かないというのに、真面目な生徒も居たもんだなーなんて感心する私。


隣の少女は、辺りの生徒に目をやりメモ帳に何かを記している。


この子も真面目……なのだろうか。


よく見ると、めちゃくちゃ楽しそうにペンを走らせている。て、速っ!? それにペン短っ。 小指ほどのサイズしかない。

というか……なんて書いてんのこれ。母国語?


ふと、手帳の白に這う文字?が視界に入って仰天した。


ヘビや龍をモチーフにしましたと言われても、納得するようなひょろひょろとした文字が、手帳の罫線と罫線の間を伸びている。


ただ、よく見ると読める字も含まれていることから、単にこの子の字が下手なだけのようにも思える。もしくは、書くことを急ぎすぎて文字の線が繋がってる。


すると、校長先生は一人の生徒を呼び当てた。


「まずは、前列の一番右にいる、ライチャス・アンガー・チュベロスさんからどうぞ」


当てられた生徒は、長テーブルに設置されたマイクを手に取ると、「はい!」と活気のある返事をして続ける。


「私たちが卒業するまでに切るべきゴールテープがあるとして、それは何を乗り越えた先にあるか……。

それは、自身の中にある試練です。

人によってその試練や数は違えど、乗り越えるべき試練を乗り越えた時、初めて切るべきゴールテープは見つかると思っています。


その試練の一つに、いかにして他者を認めるかというものがあると私は考えております。


前提として、この学校は様々な国から赴いた生徒で溢れかえっています。


文化や環境の違いから、個が抱える普通や、そこで生まれた思想を守るための戦いは、一層多くなるかと思います。


その中で、以下にして自身を律し、他者を受け入れていくか。


勿論、それを乗り越えるのはかなり難しく、それのみで、ゴールテープを切るなんて事は困難でしょう。更に言えば、試練は他にもあるでしょうし。


それに実際、誰が誰かを受け入れたところで、結局は他の誰かが誘因となって争いの種が巻かれる。

当然として、差別をやめろと言われても辞めないような人もいるでしょうし。


ですが、表面上0に近づける事は可能だと考えております。


例えば、より多くの生徒の力でそんな事が起きないように、争いの種をまくような生徒を導き、そして最終的には精神的成長をもって全員で卒業する。だとか、それが叶わなければ、甲斐性のある先生の力を借りる……など。


表面上ゼロに近ずければ、比例して争いを生むような人も減るかと思います。


以上です」


後半、声に一抹の陰りが宿ったのは、きっとその手段には頼りたくないんだろう。 と、私は感じた。


それと同時に、ライチャスさんが答えてる途中から聞こえ始めた、『ひとつの国にすら沢山の普通があるもんね』『思想つよ』『なんて知性に溢れた子』『面白いね』と、様々な囁き声。


そしてそれに対して、何も言わない先生方。

結構自由なんだな皆、と私は思った。


ここはもっとラフで良いのかもしれない。


肩の力が少し抜けた気がした。


「ありがとうございます。 ライチャスさん。 なかなか良い答えですね」


そう、校長先生は拍手をして褒めると、ライチャスさんは謙虚に一礼する。

そして、一泊置くと続けて「では、次の人。 ライチャスさんに一番近い……ネイ・サッチャーさんで、行きましょうか」

と、場面の進行を促した。


「はい!」


と力強い返事をする女の子。


「ゴールテープを切るために乗り越えるもの。

それは、試練でも無ければ課題でもないと思います。

各々が自分を見つけ、強したたかかつしなやかに邁進していくための力を身につける事で、自ずと見えてくる到達点が、ゴールテープだと思うからです。


そもそも、自身の軸が強ければゴールテープなんて、勝手に切れてくれますよ」


ざわめく周囲。

再び囁き声が聞こえてくる。

『それって質問の答え以前に当たり前の事じゃないの?』『斜め上の答え来たね』『それは発想に無かった』『なんて知性に溢れた子』『面白いね』

などなど。


と、そんな時、隣の席の少女が突拍子のないことを呟いた。


「あの人、ちょっと異質」


「え、異質?」


つい、私が反応すると隣の少女は、「詳しくは後でね。 ちなみに今のやりとり……秘密でお願いします」とこれまた突拍子のない言葉が返してきた。


秘密、暴露以前に、話の内容もよく分かっていない私からすれば、何それといった感じではあるものの。一旦うん。と一言、ここは頷く事にした。


「ありがとうございます。 ネイ・サッチャーさん、問いかけの内容からしてかなり突飛な答えでしたね。

とても感動します」


校長先生は拍手を送る。


そうして、ネイ・サッチャーも一礼すると一泊置き、「では」と、再び場面の進行を図ろうとした。


そのとき、その近くにいた少女は挙げていた手を下ろす。


「あら、まだ当ててすらいないのですが。 腕、疲れてしまいました? すみませんね」


「いえ、ネイ・サッチャーさんと同じ答えでしたので。人の答えを復唱しても時間を無碍むげに弄するだけかと思いまして」


困惑の色を孕んだ、校長先生の声に、毛先ほどの意識も向けないといった様子で胸を張り、ハキハキと答える少女。


すると、これまた感動したのか校長先生の声が一段と明るくなった。


「そうですか。 なるほど。 メディエナイトさん。 これまで33年間。 校長として本校に座しておりましたわたくしですが、このような事をおっしゃる生徒さんは初めてです。 非常に感動しました。


ありがとうございます」


そうして、校長先生は再び拍手を生徒に送ると、深い礼をするメディエナイト。


それから一泊置くと、再び校長先生は場面の進行を図る。


「問いかけは以上でよろしいでしょうか?

でしたら、これから先ほどの問い掛けにお答えくださった三名の生徒のお名前をお呼びしますので、ご返事のほど、よろしくお願いいたします」


再び講堂がざわめいた。


これには私も少し戸惑った。


どうして、問い掛けに答えた生徒の点呼を取るのだろう。 この流れだと着席だと思うけど。


そんなふとした疑問は、校長先生によって予想外な方向から砕かれる。


まず、三人がそれぞれ、校長先生の点呼に応じる。


そして、返事をした三人を確認すると校長先生はこう続けた。


「では、これより貴方たちに、生徒会としての権利を与えようと思うのですが、引き受けてくださる方は、ご返事をお願いいたします」


「そんな唐突に!?」


と、驚きに当惑を綯い交ぜにした、ライチャスの声が校長先生の話を遮るように講堂に響く。


校長先生は落ち着いた声で返す。


「ご安心ください、ご返事が無い生徒さんにペナルティを科すことはありませんので」


「そういう問題では……」


ボソリと呟くライチャス。きっとこの人は堅実なんだろうなと、ぼんやり思うピース。確かにこの状況よく分からないよね。 聞いてるだけで頭がこんがらがりそう。

ただ私は、楽しく学ばればそれでいいと思う、ある意味能天気なタイプだからか、あまり気にはならなかった。


まあ隣の少女は相変わらず、勉強熱心というか変人というか。この状況を私とは違う角度から、楽しんでいるみたいだけど。


そうして一泊置くと、校長先生は「では、この3名を生徒会に任命し────」


「ちょっと待ってください!」


もうすぐ校長先生の話が終わる、と思ったところで今度は、可愛らしくもハキハキとした少女の声が校長先生の話を遮った。

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ソーサリー・ピース とm @Tugomori4285

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