第5話 入門
「は、はい。 そうですけど」
その彼女の纏う空気感と敬語につられて敬語で返すピース。
すると、たちまちトレンチコートを身に纏う金髪の女性、リカナーザの目に涙が浮かび上がった。
「よ、良かったー」
濁音混じりの声で安堵の声を上げるリカナーザ。
え、と困惑の声を漏らすピース。両隣のウォリーとネクレスは賑やかに微笑んだ。
「リカナーザさん、久しぶりですね!」
「ウォリーさん久しぶりですね! 三年振りでしょうか」
「そうですねー」
「あーリカナーザが泣いてるー」
「ネクレスー! 茶化さないでくださいよー! これは仕方ないんですー」
「やっぱり期待を裏切らないなー! リカナーザは。 ピース、ビックリしたでしょ? 会ったと思えば突然泣き出すんだからね」
「あ、うん」
「リカナーザ。 感動する映画見たら三日は引きずるんだよ。 きっとさっきのも三日前とかに見た映画の感動シーンと重ねて……」
「ネクレス!? なんでその話を!? 恥ずかしいです! やめてください! というかそれは……」
「オッケー、ピース、あとで面白い話聞かせてあげる」
そうピースに耳打ちで伝え、私がなんと無く「う、うん」と返すと、リカナーザは咄嗟に「やめてください!」と悲鳴をあげるように言った。
そうして、ウォリー、ネクレス。それぞれの声に微笑んだり、怒ったりして返しているところで、ふと、リカナーザを纏う空気が少し切り替わったのを感じた。
「もう時間ですね」
「早いねー」
「元々そんなに時間はありませんし、それに、学校に行く前に少し、ピースさんと話すこともありますから」
切り替え早っ。ピースは思った。
「お! 抜け駆けか!?」
ネクレスとウォリーは見事なまでにハモった。
「いえ、あなた達、分かってますよね?」
と、語気荒めに返すリカナーザに「ちぇー冗談通じないやつー」と、これまた示し合わせてきたかのようにハモる二人。
リカナーザは呆れた様子だった。
「では、行きますか。ピースさん」
「う、はい」
何とも言えない感情で返事をするピース。
リカナーザは残る二人に続ける。
「では、ウォリーさんとネクレスさん。 また後ほど話しましょう。まだ"したい"話も出来ていないですし」
「そうですね」
「だね」
その時ピースは、ふと一抹の疎外感を感じると同時に少し羨ましいなんて感情を抱いた。いや抱いてしまった。
まだ"したい"話。
きっとここ一週間についての、めちゃくちゃ深刻な話なのだろう。
そう予感はしつつも、私も混ざってみたいなんてことを思ってしまっている。 不謹慎にもほどがあるといういうのは、私が一番感じているはずなのに。
ただまあ、仮に混ざったとして、三人の普段のやり取りもよく知らない私だ。 置物として傍観するだけになるだろう。
うん。 よし、ここは一旦考えを改めて、帰省した時にウォリー、ネクレスさん、ロンリーさんの、三人が揃ってたらその輪に入るってところでこの思考は終わりにしよう。
この場の雰囲気と少し外れた所で、ときんと胸が踊った。
そして、そんな私にちょっと、嫌気がさしたのだった。
考えを切り替えると、ピースは二人に「じゃあ行ってくるね」と、言い、『行ってらっしゃい』という言葉を背に浴びながら後ろに手を振り、リカナーザの元へと向かった。
「もう言っておく事はありませんか?」
そんなリカナーザの問いに、うーんと喉を鳴らして一言「お土産ついでに面白い話持ってくるから楽しみにしてて!」と二人に言って学校の近くまでワープで向かう。
緩やかな石の坂に木々が植樹されており、その向こうのそれ程遠くない位置に風モチーフの紋様が描かれた旗が風に翻っている。ラポールの国旗だ。
「あら、ピースさん。おはようございます」
突然聞き覚えのない声に名前を呼ばれた上に挨拶をかけられびっくりするピースと、何気ない様子で爽やかに挨拶を返すリカナーザさん。
ふと、この街ならではのやつか……いや、じゃあどうして私の名前を、なんて事を当惑混じりに考えてる所で「緊張されてるようですね」と微笑まれた。
当惑を隠せない私にリカナーザが、そっと「学校の先生ですよ」と耳打ちする。
え……と、声が漏れた。
そして、直後にシャキッ! と、姿勢を正して何かを受信したアンテナのごとく上擦った声で挨拶を返す。
生徒としての態度も採点基準に入るという情報が脳内を駆けたのだ。
嫌な汗が、頬を撫でる。
すると、先生とリカナーザさんは、それが
次いで「随分と初々しい生徒さんですね」と暖かな声で呟く先生と「そうですねー」と肯定するリカナーザさん。
恥ずかしさのあまり、頬が熱暴走を起こしそうだ。でも何故、ここに先生が。学校の旗が見えるとはいえ、結構遠いと思うけど。
そんな疑問は、先生の何気なく発せられた言葉によって解消する。
どうやら、この前の事があり警戒しているようだ。結界を張ってから一週間の間何事もないとのことだが、一応ということで生徒が登校手段として歩く場所を何ポイントかに分けて見張っているらしい。
考えてみればそうか、あんな危険な事があったからなー。
にしても、こんな朝からお疲れ様です先生。
心の中で、そう呟くピース。
そうして、リカナーザさんは先生とちょっとした井戸端会議にも似た会話を重ねて、リカナーザさんが先生へささやかな労りとエールを送った所で「では、行きますか」と、つま先を改めて学校へと向ける。
「胸を張って頑張ってくださいね。 あなたもまた可能性のある生徒さんなんですから!」
歩く手前に掛けられた励ましとも、からかいとも取れるような言葉を投げかけられ苦笑いで返事するピース。
それから、少し歩いたところで今度はリカナーザさんに「そういえばピースさん、半年前に一度ここを訪れたことがありましたよね」と、訊かれた。
「まあ、一時間ほど観光も兼ねて」
言ってる途中、ふと制服を着た少女や男子がまばらに学校へと歩いていくのが見えた。あれ、皆寮にいるものかと思ってたけどそうでもないのか。
「では、場所の確認とかは大丈夫ですね?」
コートのポケットから地図を取り出しこちらに見せるリカナーザ。
なんかこの感じ、私だけ送り迎えみたいになってない? いや誰も見てないか。
ふとそんな事が頭をよぎり、私は少し恥ずかしくなった。
「はい、あ、でも一応」
「分かりました」と言い、ピースに地図を渡すと「あと、一つ渡すものがあります。 お守りだと思っていただければ」と続ける。
ピースは地図を渡された時ふと、こういう時、ちょっとバカにされたような気分になるのは私だけだろうか。なんて自分が嫌になるような思いが萌きざしたが、今は一旦、その気持ちを無視して話を聞くことにした。
すると、リカナーザは続けてトレンチコートのポケットから合わせ目のないカプセル薬のような形をした容器のストラップをポッケから取り出した。
指先ほどの容器は透明な液体に満たされ、中心には黄色く透けた石がある。そして、銀の金属がストラップの紐に繋がれ、容器の下部を覆っていた。
私は頷き、そのストラップを手に取ると、歩きながら空に
「綺麗」
「ですよね。 これは護光石ごこうせきといって、ピースさんに危険が迫った時に助けになってくれるんですよ」
きっと、最近のことがあり、私が学校に通うことになったから、心配になって作ってくれたんだろう。そんな想像が頭によぎり、この人はなんて優しいんだと、先ほど浮かんだ思いへの罪悪感がじんわりと膨らんだ。
「ありがとう」
リカナーザは、嬉しそうに謙遜しながら、続ける。
「あと、学校には様々な人の感情が渦巻いています。感情に対する感覚が鋭敏なピースさんはきっと、授業もままならないほどの疲労感に苛まれるでしょう。なので、感情エネルギーを緩和する波長を発するようにも施してあるんですよ。
ほら、人の感情、さっきより分かりにくくなったでしょ?」
確かに、今思うと、街ゆく人たちから感じる感情が弱くなっている。
「ほんとだ! 凄い!」
「まぁ制服にも、そう言った細工は施されてるとは思うんですけど、一応ですね」
「なるほど。 たしかホームページの制服に関する欄にそんな事書いてあったような」
「ありましたね」
丁度最近、その事を心配していたから凄く気が楽になった。
「ま、ありがとう!」
「いえいえ、あとは、ビシッと胸を張って、後悔のないように生きていくだけですね」
どこか意味深に言うリカナーザ。
私はうん! と頷きつつ思った。
なんか急にバカみたいなことを。でもそうだね。胸張って頑張るか。
「では私は戻るので、あ」
二人は連絡先を交換した後、解散した。
その時にネクレスの注意喚起のメッセージを見かけたので、ついでにそれを頭の片隅に置いた。
そうして、私はついに学校へと向かう。
その途中三人くらいの先生と、すれ違い、挨拶を交わしていく。
すると、今度は走りながら学校へ向かう少女を見た。
「ふええー! もう絶対コミュニティ出来てるよー!! どうしよー! 着いていけないのだけはやだよー!!!! うえぇぇええええええええん!!!!!」
なんて個性の強い生徒さんなんだろう。
と、そんなことを思う暇もなく私の胸はグッと痛んだ。
それちょうど私も思ってたところだから、ダメージがでかい。
軽くため息を零して、学校へ歩を進め始めて数歩、今度は背後から少女に声を掛けられた。
「おはよー!!!」
「わっ、おはよ!」
不意を突かれ、思わず間抜けな声を上げて挨拶を返した。何このとんでもないワクワク感。
護光石の力あってこの、はっしりとした感情は。
振り返ると、制服。 前髪ぱっつんの藍色ロングに藍色の目、見覚えのある少女の姿があった。
「受かったんだねー! 良かったー! やっぱり運命はあったんだ」
「ああ、こちらこそ。半年前に会った人が受かってて良かったよ」
運命? この子なんだかヤバそうな匂いするな。
苦笑いしながら返すピース。
この子は半年前の受験、教室へ向かう途中の廊下で声を掛けてくれた少女で、受験終わりにはお互いの合格を祈って解散した。
確か『おはよー! あーやっと会えたー!』って目を輝かせながら声を掛けてくれたんだっけ。
て、あれ? 良く考えたら、あの時初対面だったよね。 なんでやっと会えた! なんだろ。
もしかして記憶にないだけでどこかであったことが。 生き別れの姉妹的な!? にしては似てなさすぎるな。髪の色とか。
少女は目を輝かせながら学校がある方向に指を指した。
「じゃあ講堂まで走ろっか。 ピース、いや助手よ!」
「え? 助手?」
私がそう返すと、少女は「詳しいことは後で。それよりさ、走らないと遅刻するかもしれないよ? 」と、言って学校へと走り始めた。
ピースは、咄嗟にちょっ! 待って! と発しながら後に続く。
ぜーはーぜーはーと息を切らしながらも、何とかトールアイアンの門をくぐり抜け、噴水を通り過ぎ、大きな学校の入り口へと駆け込んだ。
綺麗な靴箱にローファーを入れて、学校専用の青白い靴に履き替えると階段を登り、少女と二人、講堂へ向かう。
途中、前を歩く制服の女子や男子を見かけて膝を着き、その場にあった横の魔法科学室の時計を確認しては「間に合いそうだね」と安堵しながら、歩きで講堂へと続くドアを潜った。
残り二分と、ギリギリだったため早歩きで、二人分のスペースが空いた隅の席に少女と座る。
長机、すぐ左手で取れる位置にマイクが設置されている。
床の黒いカーペットも相まって、オレンジで照らされた一室は上品な雰囲気を醸していた。
大きな時計を探そうと当たりを一瞥したが、どこにも見当たらない。時間を意識させない為か。
すると、講堂の一室を照らすオレンジの光が弱まった。照明が暗くなっていってる。
ステージに、一人の女性が壇上に向かうのが見えた。薄暗くて全体像が分からないからか、どこか謎めいた雰囲気を纏っていた。
ステージのスクリーンには、校長先生の挨拶と記されている事からあの女性は校長先生なのだろう。
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