第2話 出立
ここは────!?
薄暗くてよく見えないが、どこか懐かしい感じのする部屋の中。この一昔前なものと思える木の家具や白い壁が、そう感じさせているのだろうか。なんとも言い表せない不思議な感覚だ。
すると、ぼんやりと女性の影が見えた……。
「え」と、驚きの声を上げるピース。
それは、静やかながらも
タンスの上にある一輪挿しの薔薇を愛でている。
「……だ、誰ですか? というか、ここは……」
「……」
尋ねると女性の唇が少し悲しげに動いたのが見えた。
それを視界に捉えた私も、胸を突き刺すような鋭い淋しさに襲われる。
「一つだけ。 聞いてほしいことがあるの」
私の言葉を無視して発せられたその女性の一言に、声に、なぜか私はひとひらの安心感を覚えた。
警戒心を抱けない自分の心を不可解に思いながらも私は頷く。
その時────突如としてあちこちから、紙を焼き上げるような光が溢れ出してきた。
「え…も…早……な……」
その光が影響しているのか、ノイズ混じりになる女性の声。
「え……なにこれ」
私の思わず漏れた当惑の声に構わず、女性はノイズ混じりに続ける。真剣な面持ちだ。
「ピ……ス……つ……くな……二人と……ここを……ま……て」
「な、なんて?」
「あの……を……んだよ」
───────
───────
───────
「え」
目が覚めると私の視界に、見慣れた天井が広がった。
夢か……。 まあそうだよね。 めっちゃカオスだったし。 急に出てくるデカいモンスターといい、謎のお姉さんといいね……。 テレビのコマーシャルかって……いや。
外に漂う、嫌になるほどの悲しみと不安を捉えた事で、あのラポールでの出来事は夢じゃ無かったのだと気付いてしまい、胸をざわつかせながら、最悪だと溜め息を吐くピース。
一番夢であって欲しかった場面が夢じゃないとかもう……今日はほんと不運な日。
なにより……これだけの感情。 相当心配させてるなー。
そう胸の内でぼやきながらも、あの後の事に考えを巡らせ、(あ、そういえば)と学校のことも心配になるピース。
一旦、伸びをする。
───あれ?
布団から手を出したところで、袖口がシャツからパジャマに変わっていることに気が付いた。
はあ? ……恥ずい。 コンプレックス刺激されるから見せないようにしてたのに。
ベッドと布団に挟まる自身の胸の前で、腕を抱きながら胸の内で呟く。
まあ、仕方ないか。制服のまま寝かせる訳にもいかないからね。
取り敢えず、私は上体を起こして電子時計を確認してみた。
(4/12(水)15:15.34.34)
え。嘘。
背筋に嫌な汗が伝う。
私は、衝撃のあまり硬直してしまった。
あれから気を失って、ここまで運ばれて来た。
そこまでは良いのだけど、私はてっきり、数時間気を失っていただけだと思っていた。
でも……なにこれ。
あらゆる不安と心配が膨れ上がり、嫌な想像が胸を満たしていくのが分かる。
バっ! と、駆り立てられるように布団から出ると、急いで洗顔、歯磨きを済ませて、外出用の服に着替る。
いや、着替えながら玄関へと走った。
そりゃ、不安にもなるし悲しくもなるよ!
玄関のドアを開ける。
──────────
「ピース……?」
初めに気付いたのは、水色のウェーブが綺麗なフロースク姉さんだった。
その双眸には今にも溢れそうな涙を湛えている。
「あ、はい。 心配、させちゃいましたね」
目を斜め下に、枝垂れた片手を上げて返すと、フロースクは「うう」と、唸り声を上げ、すぐさまその場から走り去ってしまった。
ああー……もうおしまいだーと、両手で頭を抱えてもどかしい感情に包まれていると、暫くしないうちに村人が私の周りに集まって来ていた。
フロースクは、私の意識が戻ったと皆に報告して回ったのだった。
そうして、涙目のロンリーさんと三人の村人に猛烈なハグをされたところで、私が意識を失ってからの出来事をネクレスたちから聞かされる。
その時ふと、この村を覆う半透明の膜を視界に捉えて気になっていると、あれはネクレスが張った結界だと教えられた。
それだけで私は、自分が気を失ってる間に色々と、大変なことが起きているのだと窺い知れる。
それから、ネクレスたちから聞かされた出来事は大きく分けて三つ。
先ずラポールでの出来事。
どうやら私が気を失っている間に、リカナーザというネクレスの親友が、上級魔法使いと協力して、ラポールの街を覆う大きな結界を張ったらしい。
どうして結界を張ったかについては、ラポールに来て少し経ってから急変した私の具合についての話を、ネクレスがしたみたいで、そこからもしやと、推測して行ったって。
心配をかけて申し訳ないと落ち込んでいた私ではあったが、街を守るための一助になれたのかと思うとちょっとだけ立ち直れる。
ちなみに、あの突如出てきた様々なモンスターたちは、花粉のようなエネルギー体に、ネガティブな感情が触れた事で出来る、生物のようなモノだそう。
ただ、怖いなあ。 その謎のエネルギー体は外から来てたみたいで、それを結界で防ぐことでモンスターの出現は止められたって話だけど、結界内にいるモンスターは消えなかったって。
一応、街から出て行ったクラウンの壺みたいなモンスター以外はほぼ駆除したみたいだけど、一応注意しといてって言われたらなー。
しかもクラウンの壺また来る可能性あるってさー。リカナーザと上級魔法使いの人たちが守ってくれるみたいだけども。ちょい不安。
そして、二つ目。これはかなり重い話だった。
最近の出来事に二日後学校と、色々切羽詰まった私にするのはどうかと、止める人はいたけど、今言っておかないと拗れると、ネクレスは続けた。
それは、パークスの村人の一人、エリゲが亡くなったという話だった。
聞いた直後、私は思わず間抜けな声を出して固まってしまった。
突拍子も無い情報に、脳処理が追いつかなかったからだろう。
私がラポールにいる時、エリゲはある小さな町に居たそうだ。
まあ、あの時間にエリゲが小さな町にいるのは職業上いつものことなのだが、職務に勤しんでいる途中、モンスターに襲われたのだという。
ここからは、ショッキングだった為か、詳しくは語られなかったけど、ただ道化師の服を着た二足歩行で5本の尻尾が生えた猫と、赤い繭には気を付けてと釘を刺された。
どういう事? と私は心で呟く。
実感が足りないのだ。なんなら、悪いジョークとさえ思った。 ネクレスがそういったジョークを言うキャラでは無いと分かっていながら。
けれど、そのジョークの様な現実は、秒針の回転に追われる時刻の様にじんわりと、酷い事実となって胸に滲み出てくる。
ぽっかりと胸に穴が空いた。
息が浅くなっていく。
呼吸が乱れていく。
足元もおぼつかなくなった様に感じる。
今は、切迫している事もあり、この状況に集中するべきだというのは分かっていた。
けれど、集中が出来ない。
先程までは何事もない様子で話していたネクレス、ロンリーたちも声が震えている。
きっと、話に出すまでは心の引き出しに無理矢理引っ込めて、強がっていたのだろう。他の皆に至ってはふるふると涙を堪えている様子だった。さめざめと泣く人もいたように思う。
それもそうだろう。 エリゲは私含め、この村の人々にとって、とても優しい"友人"だったのだから。
そして、そう皆の様子を推し量った私の肺には、毒ガスの様な罪悪感が立ち込める。
さらに息が来るしくなった。
そんな中、ネクレスは震える声で涙を堪えながら続ける。
ただ今は、頭がぐちゃぐちゃとしていて、とてもじゃないけどこれから始まる話の内容を理解出来る状態ではない。
それくらいに取り乱していた私は、ネクレスの話を遮る余裕もないままで、話が進むのを放置した。
三つめ、学校について。
最終的な判断は私に任せるという事だった。
私が気を失っている間、皆で色々と話し合っていたそうで、最終的には合理的な答えも大事だけど、やっぱりピースの気持ちが一番。
と言うことで、私の判断に
会話の内容は殆ど聞き取れなかったが、究極の二択を突き出された事は分かった。
ほんと、こんなタイミングでこの人は。
エリゲの訃報を聞いたばかりで、頭がこんがらがってるというのに。
そんな雑念めいた思いが胸を巡る。
ごめん、今すぐには決められない。
そう私が発そうとした所で、ネクレスたちから声が掛かった。「まだ二日あるからゆっくり決めていいよ」と、それに続く「うんうん」
私は、一旦その助け舟にも思える優しい声たちに甘えることにした。
私は自分の家に戻る。
思わず躓きそうになるのをネクレスとロンリーさんに支えられたことで、案外楽に自室に戻れた。
そうして服装をそのままに、ベッドに倒れ込むとエリゲのことについて思考を巡らせる。
エリゲは優しい人だった。
淋しい思いをしている人を探すのが上手で、淋しさを募らせ出来てしまった心の穴を埋めるのも上手だった……
ピースも村に来てすぐの頃はかなり助けられた。
最初は驚いたものだった。
自分ですら把握しきれないこの感情を、なんで知ってるんだろう。と。なんで癒せるんだろう、と。
けど、接していくうちに分かる。きっと彼女もまた、淋しい思いをしてきたんだろう。と。
だから、私自身も把握出来なかった自身の淋しさにも気付けたのだろうと。そして、きっと皆もその淋しさへの嗅覚に救われて来たのだろう。
今思えば色々と、貰ってばかりだったな。
嗚咽が込み上げた。
─────もう何時間、私はこうしているんだろう。落ち着きを取り戻し始めた私は、ふとそんな方を思った。
まだ気持ちの整理はついていないけど、私は起き上がる。デジタル時計を確認すると一時間半経っていた。
泣いた痕を消すために洗面所に向かう。
泣いて何を思ったところで、戻ってくる事はありえない。
分かってはいるんだけど、それでもやっぱり辛い。 どうしようもないくらい。
ありがとう。と、伝えそびれた出来事が多いのだから尚更。
でも……
口だけでする深呼吸で、心を沈めようと試みるピース。肺にレモンの様な風味の冷たい空気が流れ込んでくる。
一旦、今の状況を考えよう。
ずっとこうしていたら……どうなるかも……。
────────
────────
────────
よし……外に出よう。
外に出ると、皆はすごく心配していた。
そんな中でとても気まずいけど、私は先程ネクレスがした三つ目の話を聞き直した。
その時私はふと、自分の声が掠れていることに気が付いた。動揺はしたけど、それはほんの少しのものだった。それについてどうこう思えるほどの余裕がなかったのだ。
ネクレスは驚いた様子を見せつつも、すぐにいつも通りのテンションに戻る。
感情を抑えるのが上手い人だ。
私には真似出来ない。
複雑な感情で、そんなことを思った。
そうして内容を把握すると、確認のために一つ尋ねてみる。
「あの、ラポールを襲ったモンスターが出る、エネルギー体って、どの範囲に出てるの?」
すると、ネクレスは「世界各地で、同時にかな。
そっからは風の流れに沿って被害が拡大してる感じ。 原因は調査中だって」と、答えてくれた。
続けて私は調査期間の予定と学校のことについて質問していく。 全ての答えを聞いたところで私の中で答えが決まった。
未だ整理もつかない頭の中での判断だが、私はこれしかないと思う。
「ありがとう。 おかげでハッキリと決まったよ。 私は学校へ行こうと思う」
「オッケー」
すると、皆その答えを待っていたのか、張り切った笑顔で「じゃあ、皆それぞれ頑張りますか!」と、奮い立った。
どうせどこに行っても危険なら、ラポールにいる上級魔法使いや学校に守って貰って、その上で勉強しながら色々な知識や仲間を増やした方が、なんて半ば直感任せの考えだった。
喉元に小さなしこりが残るのは、きっとそんな確かな軸のない考えに自信が持てなかったから。 いや、他の誰かを巻き込むの事が怖かったからだろう。
ただ、何もせずに死んでしまうよりは、それに皆を巻き込んでしまうよりは、断然マシだ。
そう思う事で自身の意志を保つ。
すると、ネクレスは私の肩をトンと叩いた。
不安定な自信が表情に出ていたのだろう。
「まあ、決めたと言ってもまだ二日はあるから。 ゆっくり、肩の力を落とした上で考えなよ。 いや、この状況でそれを言うのは酷か。
ただ、一つ。決まったなら自信を持って。 ピースの進学に関わる決断で、正解を出せる人なんてピース以外にはいないんだから」
私はしおらしく頷いた。
自信か。難しいな。 ただその言葉にはかなり救われる。 私の事は私に決めさせたいという、強い意志を感じたから。そして、同時にその言葉が『今した決断に縛られず、ゆっくり自分の意思で考えて』というメッセージにも思えたから。
それはつまり、気遣うことの方が皆(少なくともネクレス)にとっては迷惑で、それは自分の選択に身を委ねる他ないことを示しているのだろう。
まあ、深読みだと思う。
ただ、おかげで自分の選択に対する後ろめたさを緩和できた。
皆、ほんと優しすぎるって。
瞼が少し熱くなるのを感じる。
「よし。 じゃあ、早速やるべき事に取り組むとして、どうする? ピースは一旦休んでおく?」
さっき取り乱した私の様子を心配に思って、気にかけてくれてるのだろう。そう察しつつも私はネクレスの提案に首を振った。
「いや、手伝う事にする。 今休んでも余計な事考えて辛くなるだけだろうし」
「オッケー」
ネクレスは、いつも通りの笑顔で応える。
そうして、私たちはこれからする事の流れを大雑把に決めると、先ずはエリゲの葬式に向かった。
涙ながらに挨拶を済ませた後は、結界を張った仕事現場や、町の復興活動、荷物の移動の手伝いと、嫌なことを考える暇もない、忙しい二日間を送った。
そして、入学式の日。
「忘れ物は無い?」
「うん」
結局、私の決断は変わらなかった。
「オッケー」
そう言ってハンドサインをあげると、ネクレスはワープの準備を始める。
「送るのは十分置きに二人ずつね」
確認を取るように言うと、ピースとウォリーを半透明の型取りのようにエネルギーで包み込んだ。
「うん!」
「それにしても、なんとも言えない旅立ちだね」
ウォリーが少し苦そうに微笑んで言う。
「うん、まあこの二日間で浮かれ過ぎた心を鎮められたって考えたら多少は、マシに……ならなかった」
「ならないんかい」
「まぁ……」
未だに引きずってるもんな、私。
「そうだよね……私も、立て直そうと頑張ってみたけど難しい」
私の表情が、よほど深刻そうに見えたのかウォリーは、どこか気を遣うように共感する。
二人の間を気まずい空気が、漂い始める。
思わず私は、地面に生えた草に視線を向けようとすると、その様子が見つかったのかは分からないがネクレスが、声を掛けて来た。
「この場で挨拶するなら今が最後だよ」
その見計らった様なタイミングのネクレスの声に、呼応する二人。
すると、気まずい空気は霧散し、そこで一旦、私たちは村人に、挨拶を投げ掛けた。
「じゃあ行ってくるね! また後で!」
「うん! バイバーイ!」
元気に手を振る村人に、元気を貰いつつ私たちは、手を振り続け、ふと互いを見合わせると先程までの気まずさを笑い合った。
そうして、今度はウォリー、ネクレスと共にラポールの石畳に足を着く。
町は多少、崩れ、削れて修繕されている建物が目立つものの、雰囲気はそれほど悪く感じなかった。
すると、眼前からどこからともかく、ショルダーバッグを肩に提げたクリーム色のトレンチコートに身を包む、赤い木の実のような髪留めをあしらった金髪ポニーテールの女性──リカナーザが現れ、声を掛けてきた。
「あなたが、ピースちゃ、さんですね」
私はそのスラッとした女性に思わず目を
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