14●昭和への望郷、それは新たなる復活の始まりか!?

14●昭和への望郷、それは新たなる復活の始まりか!?


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 作品世界を構成するのは、“2089年のヴイナス”という、“昭和の世界”です。

 これまでの章で述べたように、主人公もヒロインも脇役も敵役も、みな、1989年まで続いた昭和の雰囲気を濃厚に纏った人々です。

 それが陳腐であると批判する見方もありますが……


 いや、その真逆で、作品に満ち溢れた“昭和スピリット”こそ、令和の時代を迎えた『ヴイナス戦記』の、高く評価されるべき特質ではないでしょうか。

 と言いますのは……


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 21世紀の今、“昭和の復活”を思わせる、示唆に富んだ現象があります。

 アナログレコードの復権。



 ネットのニュース

●10年で売上23倍「アナログレコード人気再燃」を支えるのは若い世代だった

 2022.07.03 集英社オンライン 教養・カルチャー

 今や音楽の楽しみ方といえばデジタルの配信サービスが主流だが、数年前からアナログレコードの売り上げが大きく伸びている。米国ではCDの売上を超え、日本でもこの10年で約23倍という爆発的な売れ行きだ。しかも米国のレコード購入者の約6割は30代前半以下。レコードを知らない世代が、アナログ盤を新しいツールとして所有する(後略)

 “ガラパゴス”と揶揄される日本でも、レコードに関しては同様の傾向が見られる。

アナログレコードの売上が底をついた2010年の1億7000万円を基準にすると、2021年はそこから約23倍の39億円と、約10年で爆発的な伸びを見せているのだ。

 レコードの最大の魅力は、音の良さである。物理的には、CDのシャープなデジタル・サウンドに勝るはずはないのだが、CDは人間が聞き取ることのできない20kHz以上の高周波域をカットしている。それが影響しているのか、硬質でキツい音と認識されてしまうのだ。

 対してアナログは、レコード針と盤との接触音=ヒス・ノイズや、盤面に付着したチリやホコリを音として拾ってしまう欠点があるのに、それを含めて“柔らかくて耳に優しい”とされる。(以上、『集英社オンライン』より)



 高齢者世代だけが過ぎ去りし昭和を懐かしむ「レトロブーム」として片付けられない、まるで若者を“生まれる前の過去に覚醒させた”かのような再評価のブーム。

 おそらく、そのキーワードは「デジタルよりもアナログ」です。


 アナログレコードを体験していない世代が、配信やCDよりもアナログレコードに独自の価値を再認識している。その要因に、「デジタルサウンドではカットされてしまった、いわば“余情”ともいえる音楽成分に共感している」ことがあるとしたら……


 アニメ作品にも、似たことが言えるのかもしれません。

 21世紀アニメの、デジタルで処理された線や動き、CGの特殊効果、などに比べて、昭和のアニメにみられるアナログな“手描き感覚”の作風には、確かに、ある種の“ここちよさ”があるように思います。


 デジタルアニメを見慣れた脳が、ほぼ手作り感覚の『ヴイナス戦記』を観たときに感じ取れる心地よさ。それは五感を超えた、第六感の分野かもしれません。

 そこにあいまって、“昭和的”な人物とストーリー。


 それが、21世紀にあっても、ゆるぎない輝きを放つのだと思います。


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 作品世界に生きる、“昭和な人々”。

 「力と嘘」に憤り、反抗する若者たち、あるいは「力と嘘」に頼る、敵味方の大人たち。その対立が、この作品にはくっきりと活写されています。

 それはあまりにも“ベタでガチで直球”な生きざま。

 自分の信念を信じ、貫いて行動するパワーです。

 それは主人公たちだけでなく、敵役のドナーですら、そうなのです。

 彼は思考のベクトルが真逆なだけで、生きざまは一直線。

 そのような“真っすぐ感”は、21世紀の今、なぜかとても新鮮です。


 新鮮に感じる、ということは、現代ではあまり見られない、あるいは、やりたくてもできない生き方ってことかもしれませんね。間違ったことに対して怒る、という、人間として単純なことすら許されない、そんな、あまりにも生きづらい閉塞感が、21世紀のこの国を支配しているかのようです。


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 これ、現代のデジタルな人間関係と、20世紀は昭和のアナログな人間関係の違いにあるのかもしれません。

 人間関係がサクサク、あっさりとしているけれど、不景気になればスッパリとクビを切られる、ドライな非正規雇用が蔓延する21世紀型デジタル人生。

 人間関係がベタでガチで、湿っぽくてメンドクサイけれど、定年まで、いやその後もつきあいを続けられる、ウェットな終身雇用の昭和型アナログ人生。

 メリット、デメリットはそれぞれであり、最後は“好みの問題”に帰着するでしょう。しかしアナログ人生には、デジタル人生ではカットされてなくなった“余情”みたいな味わいが残っていると感じる人が、増えてきているのかもしれませんね。

 このガラパゴスな閉鎖的な島国で暮らす、内向き思考のニッポン人には、どちらかといえば後者のアナログ人生の方を好む若者が多いのではないでしょうか?

 そう、若者がですよ。

 鎖国した江戸時代から、いや元寇を退けたもっと昔から引きずった、民族のDNAが、どうしようもなく表面化してきたのではないか……とも思うのです。

 

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 私は、昭和の時代、とくに1950年代から60年代の邦画を百本二百本と見てきましたが、どれも魅力的です。登場人物はケータイもネットもポイントカードもない異世界で馬鹿やってるようなものですが、なぜか、観終わったときの“観客としての達成感”は、21世紀の邦画よりも格段に大きく感じます。

 その違いとは、昭和が終わった1989年頃を境にして、その前の30年と、その後の30年を比べて、「どっちの時代に、希望が明るく輝いていたのか」……でしょう。


『生きる』1952、『酔いどれ天使』1948、

『ここに泉あり』1955、『名もなく貧しく美しく』1961、

『喜びも悲しみも幾年月』1957、『洲崎パラダイス 赤信号』1956、

『俺は銀座の騎兵隊』1960、『上を向いて歩こう』1962、

『キューポラのある街』1962、『仲間たち』1964、

『危(ヤバ)いことなら銭になる』1962、 

『クレージー作戦 くたばれ!無責任』1963、

『馬鹿が戦車タンクでやって来る』1964、『ああ爆弾』1964、

『紅の翼』1958、『高度7000米 恐怖の4時間』1959、『太平洋のかつぎ屋』1961、

『独立愚連隊西へ』1960、『南の島に雪が降る』1961、

『太平洋奇跡の作戦キスカ』1965、『独立機関銃隊未だ射撃中』1963、

『冒険者たち』(1967仏・伊)の背景に映っていた『戦場にながれる歌』1965、

 時代劇なら『幕末太陽伝』1957、

 SFなら谷啓の『クレージーだよ奇想天外』1966


 選んだ基準はひとつ。

 知り合い、友達になれれば面白いだろうな……と思えるキャラがいること。

 その姿形すがたかたちは様々ですが“青春”を感じさせる架空のキャラクターです。


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 あくまで個人的な見解ですが……

 昭和が平成に代わる年、西暦1989年に公開された『ヴイナス戦記』は、それら“昭和映画”の系譜の最後の最後にやってきた、最終章にあたる作品だと思うのです。


 いわば、“昭和”における大衆文化の、ほぼ最終の到達点。

 それが『ヴイナス戦記』。


 前述した昭和の映画作品に描かれた人たちの生き方は、令和の今、陳腐の極みとばかりに嘲笑されて終わるだけなのか、それとも、令和の人々……とくに、非正規雇用の泥沼で格差社会に飼い慣らされてしまった若い世代の人々が見失った、いや、あきらめて放棄してしまった、“本物の生き方”なのでしょうか?

 『ヴイナス戦記』は、昭和の時代の終焉に、そのことを観客に問いかけた作品として、令和の今こそ、生々しく強烈に甦るのです。


 ですから『ヴイナス戦記』は、架空の物語だけど、21世紀の私たちの現実の物語でもある。

 スゥは物語の最後に、「(ヴイナスには)友達がいるの」と告げます。

 地球からみて遥かな別世界、ヴイナスに青春を残してきたということでしょう。

 ヴイナスの世界で紡がれた青春グラフィティは西暦2089年の物語だけど、1989年の物語でもある。

 作中に描かれたヒロやマギー、ミランダにガリー、スゥにウィルなど、ヴイナスの若者たちが残した“失われた青春”が埋められているのは、2089年のヴイナスだけど、1989年のヴイナスでもある。


 逆に、1989年の昭和の青春は、2089年の青春でもある。


 それは、時を超えて宇宙を漂う、手紙の入った一本のびん

 手紙に描かれているのは、青春の日々。

 あとは、瓶をつかんで栓を開けるだけ。


 だから私たちは、いつでもヴイナスに還れる。

 そのことが『ヴイナス戦記』が、幻のようなツインタワーの映像とともに備えることができた“永遠性”だと思うのです。


 「♪やがて日が昇る……遠い朝焼けに」と歌声が響き、エンドロールが終わるとともに、はるかな地平を染め始めた黎明の光、その中央に浮かぶツインタワー、そして東の空にぽつりと姿を現した“明けの明星”。


 モーニング・スター、さやかな希望の光。


 だれしも、青春は喪失する。

 けれどその欠片かけらはヴイナスにあり、今も宝石のように輝いている。

 だから歳を取っても、何度でも、私たちはヴイナスに還りたくなるのでしょう。


 青春の情熱と喪失を、確かめるために。






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 この作品『ヴイナス戦記』が残す、極めてアナログな余情の深さは、劇場アニメとして、オールタイムで最高峰ではないでしょうか。

 超絶のヴィンテージ作品、奇蹟のような傑作を創ってくださった安彦良和監督に、心から感謝申し上げるばかりです。




                         【おわり】


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