04●移ろいゆく“昭和の幻影”。
04●移ろいゆく“昭和の幻影”。
『ヴイナス戦記』は、本質的にはSFでなく、世代を超えた“青春グラフィティ”。
そう考えますと……
出演されている声優さんにあてはめれば、いわば……
“ヤマトに乗らない沖田艦長”=ガリー、
“赤ザクに乗らないシャア様”=カーツ、
“ギャンに乗らないマ・クベ”=ドナー、
そんな方々が登場する名作物語って感じですね。
そこで改めて、SFではない『ヴイナス戦記』を眺めてみましょう。
公開時の1989年から百年後の2089年を舞台としているのですが……
テレビはたいていブラウン管。(箱型液晶TVかもしれませんが……)
ケータイがなく、プッシュボタンの固定電話。
随所に見掛けるラジカセ。
ビデオカメラはディスク式で、意外と大きい。
ガリーとドナーの机の灰皿には吸い殻がギッチリ。
地下バーのマスターも嬉しそうにキャメルをくわえて、スモーカーだらけです。
マスターはグラスをテーブルに滑らせ、スゥが当然のように受け止める。
若者たちの下着はどうやらみんなブリーフで、ボクサーパンツはなさそう。
お洒落な「パンティ」は「スキャンティ」と呼ぶのが正しい。
TVモニターが故障したと思ったスゥが、モニターを手で叩いて直そうとする。
……と、何やら昭和の風情が漂います。
驚いたのは、ウィルの戦闘モノバイにスゥのTVカメラを取り付けて出撃していったこと。
西暦2089年という時代設定を思えば、戦果確認のために、戦闘モノバイには小型の記録カメラが必ずついているでしょう。第二次大戦中ですら、欧米戦闘機の一部ではガンカメラを装備して、敵機撃墜を逐一記録したのですから。
とすれば、わざわざあんなに大きなカメラをぶら下げなくても、各車の記録カメラからナマ中継の映像がシムス大佐のもとに送られていたはず。
スゥとしては、そちらのメモリーをなんとかして入手した方が早かったのでは?
まあ、それとこれとは別物、だったのかもしれませんが……
もしも、戦闘モノバイに戦果記録カメラが搭載されていないのが普通……だったとしたら、そのことをもってしても、「昭和の兵器水準で戦っている……?」と感じさせてくれる場面だといえるでしょう。
*
さて西暦1989年は、1月8日をもって元号が昭和から平成に代わりました。
その年の3月に公開された『ヴイナス戦記』は、いわば、“昭和という時代が残した最後の劇場アニメ”という位置づけもできますね。
描かれているのは百年後の未来世界なのに、なぜかレトロムードが充満する金星。
そう、ここには懐かしき昭和が
特に、イオ市民の生活がうかがわれる物語前半は、どこが未来なんだろう? と思えるほど、昭和なのです。
これは、登場人物のキャラクターに大きく影響された結果だと思います。
シャア様、もとい、カーツ大尉が「男の意地と度胸を見せてみろ」とヒロにせまり、ヒロも正面からその挑発を受けてしまうように、全般に、昭和的な“義理と人情とド根性”の価値観が、主要な登場人物の行動を支配しています。
悪いこととは思いません、その真逆でして、この“昭和的なるもの”こそ『ヴイナス戦記』ならではの持ち味であり、作品の貴重な長所だと思います。
(令和の若者にはちんぷんかんぷんかもしれませんが……)
そんな作品の前半を、振り返ってみましょう。
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作品に描かれる年代は、西暦で2089年。
金星に地球人の移民が始まった年を起点とするヴイナス暦の72年です。
同年、金星の北方の自治国イシュタルが、対立する南方の自治国アフロディアの領土へ武力侵攻を開始。
イシュタルの多砲塔重戦車、通称“タコ”を主力とする機甲旅団が、突如アフロディアの首都イオ市へ空挺降下、イオ市を占領したのが3月7日のことです。
そして、イオ市から逃避していたアフロディアの首脳陣が軍事力を立て直して、総反攻に転じたのが、『ヴイナス戦記』の輸入DVDで見られる英文テロップによると5月はじめ。
この、およそ二か月間が、『ヴイナス戦記』の時間的な舞台です。
しかし、なんだか似ていますね。2022~23年の現実と。
イオ市をキーウ市に置き換え、ゼレンスキー大統領が首都から逃げ出してリビウあたりで臨時政府を樹立、残存部隊をかき集めてバイクにジャベリンを積んで首都奪還作戦を実施していれば……と、もう一つの架空史を想像すれば、今のウクライナ戦争にかなり似た軍事的環境をアニメ化したようにも見えます。
そうですね、『ヴイナス戦記』は、世間的にはSFではありますが、現代の戦争にものすごく似通ったシチュエーションが語られている。
とはいえ、現代の戦場につきもののドローンは、どこにも姿を見せません。
SFだけど、中身はリアル。21世紀よりも、20世紀、いや昭和のリアル。
そんな印象です。
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さて、物語の主人公たちは、イオ市に暮らす、ほぼ普通の少年少女です。
ティーンエイジャーのかれらは、廃車等のジャンクヤードを営むガリー氏の社屋にたむろして、危険なスタントを売りにするバイクレースのチーム“キラーコマンドゥズ”を結成、「B級リーグのガキチーム」と小馬鹿にされつつも、敵チームのバイクのクラッシュ数でポイントを稼ぐ、ホットで暴力的なレースにうつつを抜かして……いや、勇躍参戦しています。
主人公の少年ヒロをはじめ、チームのクイーンであるミランダなど主要メンバーは、どうやらガリーおっさんの“ガリーヤード”に住み込みで働き、ヒロに思いを寄せる可憐な小鳥のような少女マギーは、市内のお家から通う、いいとこのお嬢さん、といった感じです。
ヒロはマギーから「車、買ってもらったら? ブルジョワでしょ」と言われるように、おそらく上級国民の家庭に育ちましたが、何らかの事情で親に反抗し、決別して家出状態のようです。
デンジャラスなバイクレースに熱狂して青春を謳歌する彼らでしたが、イシュタルの戦車旅団がイオ市をムチャクチャにしたことで、人生がガラリと変わります。
【次章へ続きます】
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