萌え萌え♡アーム症候群

坂本 光陽

萌え萌え♡アーム症候群


 ああ、レイちゃん、おはよう。


 えっ、11時を回っているんやから、もうお昼やって? そらそうかもしれんけど、俺はさっき起きたばかりやから、「おはよう」でええやろ。


 ああ、レイちゃんの言う通り、午前中の講義はズボラかましたわ。第三食堂が開くまで、ここで待っとんねん。このテラス、いつもやったら学生で満杯やけど、今は誰もおらへんから快適やで。


 えっ、俺が読んどる、この文庫本か? 昨日、古本屋で見つけた『眠れる美女』や。我が茨木高校の大先輩,川端康成は、マジ郷土の誇りやね。


 おいおい、何や、その表情。まさか文学部のくせして、ノーベル文学賞作家の川端康成を知らへんなんて、言わんやろな。そうか、知っとるか。いくら何でも、そうやろな。あまり、びっくりさせんといてや。


 美しい文体、染みわたる神秘、魅惑の幻想譚。究極のファンタジーやで。令和に読んでも、萌えの要素が満載や。マジ尊いわぁ。


 んー? 異世界転生やら悪役令嬢やら、ラノベ一辺倒のレイちゃんにはピンとこうへんか。そら、残念やなぁ。もったいないこっちゃ。


 騙されたと思うて、一度読んでみ。マジぽっと出のベストセラーなんかより、心を鷲掴みにされるで。


 俺に言わせりゃ、川端康成はノーベル文学賞なんか受賞せぇへんでよかったんや。えらい賞をもろたおかげで、イマジネーションの翼がはぎとられて、抑えが効くようになったんちゃうかな。ぶっとんだ変態をメインに据えた作品とか、もっと読んでみたかったで。つくづく、そう思うわ。


 代表作の『雪国』や『伊豆の踊子』もええけど、それより俺が好きなんは感性全開、どこまでも美しく描写した究極のエロスやな。ほら、この『眠れる美女』みたいな、アドレナリン、ドピュドピュちゅうやつや。


 え、セクハラやて? ちゃうちゃう、俺はジャントルマンで知られとんのに、セクハラやなんて、そんなん心外やわぁ。


 それはともかく、レイちゃんはどの小説が好きなんや? ええーっ、川端康成は何も読んでへん? 嘘やろ、文学部に籍を置いとんのに、マジ一冊も読んでへんのかいな。


 あかんなぁ。そら、日本を代表する大作家、川端康成に対する冒とくやで。


『雪国』も『伊豆の踊子』も読んでへんちゅうことは、当然、『片腕』なんか知らへんわな。


 教えたろ。『片腕』いうんは、若い娘の片方の腕を借りて、一晩添い寝をするっちゅう、変態すれすれの小説や。


 悪魔的というか、超感覚的というか、めっちゃええねん。美しすぎる文体のせいやろな。主人公が娘の腕にキスをするとこなんか、何度読んでもゾクゾクするわ。


 いや、キスやのうて、唇をあてて吸うんやったわ。「いいものを飲んでいた」とか「光の匂いかな、肌の」ちゅうセリフもあったな。


 主人公はラストで、娘の指を唇でくわえるんや。「のばした娘の爪の裏と指先きとのあいだから、女の露が出るなら……」ってな。


 というわけで、レイちゃん、頼みがあんねん。君の右腕を貸してほしいんや。肩のところからパコンと取り外して、一晩貸してくれへんか。


 な、一生の頼みや。〈光の匂い〉を飲んでみたいし、もし叶うなら、〈女の露〉いうやつをレロレロと、この舌先で味わってみたいんや。


 そうか、あかんか。


 なら、しゃあないな。レイちゃん、堪忍やで。


 ああ、騒がんといて。そない暴れたら、いくらジェントルマンな俺かて、手荒な真似をせんとあかんやないか。


 ほら、痛いやろ? 痛いんは嫌やろ? そやったら、俺の言うこと聞かなあかん。


 頼むから、おとなしゅうしてや。そうや、そんな風に、おとなしゅうしとってや。


 思い切ってパコンと外すからな。


 ほら、いくで。せぇの……、


 パッコォン!


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