ドキッとしないと出られない部屋


────ガチャッ




なんだこの部屋。

ドキッとしないと出られない部屋?


質素な部屋に閉じ込められた俺は訳の分からない命令が書かれた看板を眺めている。

この部屋には何も無い。机も椅子も食べ物も。

ついでに部屋から出る前の記憶もない。

早く出なければ命の保証も無さそうな部屋だ。


看板に書かれた命令。

それは簡単なようで難しい。

こんな状況でドキッとなんて、呑気なことできるわけがないだろう。

あぁ、頭痛がしてきた…。


ただ1つだけ希望がある。

それは、隣でスヤスヤと寝息を立てている女性だ。

要するにコイツにドキッとすれば良いのだろう。

早くも状況を理解した俺はすぐに女性の肩を揺すり起こそうとする。


「すみません。起きてください。貴方でドキドキしたいんです。」


しまった。ストレートに言いすぎたか。

こんな言い方では犯罪臭がすごすぎる。

目が覚めた瞬間に通報なんてされたら困る。

もう少し言葉を選んで言い直すか。


「…ん、んぅぅ〜」


ゴロンと仰向けになった女性の顔は整っていて、笑みを浮かべるだけで男を落とせるくらいに綺麗だった。

男である俺はとても単純だ。

この顔で見つめられるだけでもドキッとしてしまうだろう。

思ったよりこの部屋から出るのは簡単そうだ。


「……ん?ここどこ?」


俺の隣で目が覚めた女性は目を擦りながらゆっくりと起き上がる。


「どうも。唐突だが、あの看板を見てくれ。」

「え?」


キョトンとした顔で看板を見つめる女性。

目が大きく開かれ、綺麗に上向きにカールしている睫毛が何度もパチパチと上下する。

おまけに眉毛は「私は今とても困っています」とでも言うように誰が見ても分かる八の字になっている。

正直に言うと可愛い。


「ドキッと…?」

「あぁ。ドキッとすれば良いそうだ。」


女性は未だに状況が理解できないのか、キョロキョロとしている。


「とりあえず、俺達は何かにドキッとしないと出られないようだ。

すまないが、協力してくれ。」


女性は一瞬だけ俯いて、それからパァっと花が咲いたような笑顔を見せた。

一般的な男ならこんな可愛い笑顔を見せられたらすぐに恋に落ちるが、状況的にその笑顔が不気味に見えた俺は思わず後退る。


「ドキッとなんて簡単ですよ!私に任せてください!」


そう言い放つとゴソゴソと自身の鞄の中を漁り始めた女性。

そういえば俺も閉じ込められる前に持っていたのであろう鞄がある。

だが入っているのは財布と携帯以外のもの。

この部屋に入る前に抜き取られたのだろう。

そこまでするなんて、この部屋の目的はなんだ?


「じゃーん!これです!」


鞄の中から何かを取り出した女性は嬉しそうに見せてくる。


「ね…粘土……?」

「そうです!これで土器を作りましょう!」


……こいつぁとんでもねぇ馬鹿なようだぁ!!!


「私は美術教師なのです!」


なるほど。美術系の人間は少し感性が豊かだから変わり者が多いと聞いたことがあるが、ここまでとはな。

こいつが言っているのはドキッとじゃない。

土器っとだ。

何が悲しくて知らない女と土器造りしなくてはいけないのだ。

あぁ、もうこね始めてる…。


「あなたも是非!楽しいですよ!」


鼻歌を歌いながら土器を造り始めた女性。

楽しそうに粘土造りをする様子を見ていると、少しだけ忘れていた記憶が戻った。


同じマンションの隣の部屋に住んでいた女性。

綺麗で儚げで、よく仕事の帰りに同じエレベーターに乗って家に帰っていた。

ベランダで鉢合わせした時はいつも煙草を吸いながら、すみませんと笑っていた。

俺はそんな彼女の笑顔に惚れていた。

だが、その女性には彼氏がいたことを知ってから、エレベーターで一緒になっても彼女から香る煙草の匂いにイライラするようになってしまった。


「じゃじゃーん!完成しました!」


嫌な記憶を思い出していた間に土器が完成したようで、キラキラした目で土器を見せてくる。

相変わらずの眩しい笑顔だ。

そういえば、隣の部屋の女性も似たような笑顔だったな。

………………可愛い。






─────ガチャッ










「!?」


扉の鍵が開いた音がした。

そうか、俺は今この女性にドキッとしたんだ。

急いで扉まで行きドアノブを捻った。

ギシっと音をたてて開く扉。


「やった!開いたぞ!!早く逃げよう!!」


俺は扉の外に飛び出した。



だが、扉の向こうはさっきと同じ何も無い部屋と、看板に書かれた文字。



[ドキッとしないと出られない部屋]



「は!?どういうことだ!?」


先程の部屋と同じ部屋。

やっと外に出られたと思ったのにこの仕打ち。

腹を立てた俺は声を荒らげる。


「おい、どういうことだ! 条件は満たしたじゃねぇか!これ以上どうしろってんだ!ここから出せよ!!」


怒りに身を任せて鞄の中に入っていたハサミを取り出してドアノブをガシガシと傷つける。

すると俺はとあることに気付く。


今、俺が握っているハサミが血塗れなのだ。


「……!」


「あ、思い出した?」


俺の後ろで大人しかった女性が喋り始める。


「貴方は隣の部屋に住んでいた女性に恋をした。でも彼女には恋人がいるという事実を知った貴方は逆上し、マンションのエレベーターで待ち伏せをしてそのハサミで殺した。」

「……。」

「私は貴方に殺された女性の妹。やっと貴方に復讐できるわ!」


彼女の手には俺と同じハサミ。


「…ねぇ、今どんな気持ち?」


彼女はニコッと笑った。








─────ガチャッ

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〇〇しないと出られない部屋 蓮司 @lactic_acid_bacteria

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