変わらないもの
麝香いちご
変わらないもの
僕には何も無い。
記憶もない。
果たしてこんな僕に生きている意味はあるのだろうか、そもそもなぜ人は生きているのだろうか。
そんなことを考えたこともある、気がする。
果てしなく深くそこの見えない思考の沼にはまっていくことは僕にとって最大の娯楽なのだ。ゆえに哲学チックな命題について孤独な議論を繰り広げることは今の性に合っているのだろう。
こんな僕にもかつて恋人がいたみたいだ。こういう言い方をしていることからも察してほしいけど実際に覚えている訳ではなくて最近仲良くしてくれている女性の友人から聞いた話である。
ここからはかつての僕の恋バナでもしてみようと思う。
僕と彼女はどうやらかなり仲が良かったらしく毎週末は欠かさずデートに出かけていたそうだ。
僕と彼女は決まって駅から徒歩10分ほどの場所にある隠れ家的なカフェ『木漏れ日』に行きお気に入りのオムライスセットを頼んで2人で半分ずっこしていたそうだ。
そうして歩く時には必ず手を繋いで歩き僕はどうやら紳士だったようで彼女の歩くスピードに合わせていたようだ。
ところで話は変わるが好きな人の仕草などを無意識に真似るということがあるらしい。
僕は最近気づいたことだが考え事をするときによく右斜め上を向いてしまうみたいなのだ。
今僕は僕が記憶を失ってから唯一仲良くしてくれている華さんと共にカフェ『木漏れ日』にてオムライスセットを食べていた。
「ねえ、華さん。人はなぜ生きると思う?」
僕は最近密かにマイブームとなっている哲学チックな命題を華さんに投げつけてみた。
「そうだね、うーん、あんまり考えたことなかったから少し考えてみたい。ちょっと待ってね。」
そういう彼女は右斜め上を向いていた。
そうか。華、聞いたことがある。
気がつけば僕はどこか懐かしいその名前を口の中で数回転がして彼女の美しく、さわれば割れてしまいそうなその儚い横顔に意識を奪われどこか懐かしい思いを胸に涙を流していた。
やはり僕は底なしの思考の沼にはまっていくことが好きなようだ。
右斜め上、目線の先には桜の木から漏れる太陽が覗いていた。
変わらないもの 麝香いちご @kasumimoto
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