生存

 私は、幼なじみで四つ年上の優くんが大好きだった。不器用ながら優しいあの人を、好きになった。いつまでも私を可愛がってくれる優くんが、初恋で、もう一生分の愛を注いでしまったと思う。

 けれど、ついさっき、フラれてしまった。告白の仕方が悪かった。別のやり方だったら、もっと優しい言葉だったかもね。

 優くんが自殺を図ったと、ある晴れた日に、お母さんに聞いた。なんで優くんの傍にいなかったんだろう。

 だから、こんな演技をしてみた。あくまで、演技。

 本格的に校舎の工事が始まる直前、このタイミングしかなかった。

 優くんは私の名前を叫んでいた。

 ひばりって、名前的に飛べるかもしれない。窓から飛び出した時、名前を背中で受けて、飛ぶ空想をした。

 かしゃん、と、着地と同時に足元から音がする。すぐに、近くの柱を掴んだ。

 掴みそこねていたら、死んでいたかもしれない。そこそこ強い風を全身で受けた。あいにく、晴天ではない今日の天気。死の恐怖を煽るには十分だった。

 すぐに、ガラガラの優くんの声が、教室内から響いてきた。

「ひばり!」

 工事の足場に着地したのは、優くんにも見えていただろう。私は振り向かないし、何も言わなかった。

 足場を伝っていって、部活で使っている教室まで移動する。

 窓を叩いて、開けてもらって、校舎の中に戻った。

「ひばりちゃん、何であんなところにいたの?」

 四階の真ん中くらいの教室。茶道部が集まってのんびりお茶を飲んでいたところをお邪魔してしまった。都合よくクラスメイトがいて、良かった。

「んー、人助け、かな。先生には内緒」

「そっかぁ。わかったよ」

 特に深く追求してこなかった。お礼を言って、その教室を後にする。

「いつでもお茶飲みに来てねー。うちは、部員外でも大歓迎だから」

 部長さんが言った。

「そんな堅苦しくなさそうだし、また来ます」

 目の筋肉と口の筋肉を動かして、頑張って愛想よく微笑んだ。部長さんも、笑った。

 その足で、またあの端の教室に戻る。

 扉を力任せに開けると、うずくまった優くんがいた。

 フラれたことを思い出したけれど、すぐに、泣きそうになった心を握りつぶした。まだ終わってない。

「私は優くんのことが好きだよ」

 いつまでもこっちを向かない優くんのつむじを見たまま、続けた。

「死んだら、絶対追いかけるからね」

 返事がない。けれど、私の気持ちはわかってくれたと思う。

 ギターを取った。ストラップの長さを調節して、肩に掛ける。

 適当にコードを奏でた。途中から、適当に歌える曲を歌った。その間、優くんはずっと顔を上げなかった。

 ギターは、私の安物より、ずっといい音を出していた。

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ユウくんの生存義務 ちょうわ @awano_u_awawa

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