おっとり(腹黒)令息との謀略。

笛路

おっとり(腹黒)令息との謀略。

 



 いつからでしょう?

 様々な恋愛劇や本の中に出てくる『悪役令嬢』が私の通り名になったのは。




「貴女、どこの派閥にも属さないで、何がしたいの?」

「あら? その派閥って、貴女たちのやっている、同世代とぺちゃくちゃとおしゃべりしたり、爵位の低い子を扱き使っている、おままごとのことかしら?」

「なっ⁉」


 あらあら、お顔を真っ赤にされて。

 そんな事では怜悧狡猾な者たちが跋扈ばっこする社交界では生きていけませんよ?


「ふん! 宰相の娘だからって、地位が低いくせにお高く止まって」

「そうですわね。地位は多少低いので、心根と気位は清く保ちたいですわよね?」


 頬に手を当て、小首をかしげながら悩ましげに溜め息を吐けば、大概の相手は悔しそうに口を噤むしかなくなります。

 一人の例外を除いて――――。


「やぁ、何だか楽しそうだねぇ。有意義なお喋りをしていたのかい?」

「別になんでもないわよ」

「そお? あ、僕の仲良くしてくれて、ありがとうね?」

「「は、はい」」


 煌々しい笑顔で現れた幼馴染のヴィクトル。

 陛下よりも優秀だとまことしやかに囁かれている、王弟殿下の長子であり、公爵家の跡取り。

 誰もが振り返ってしまうほどに美しく輝く金色の長髪と、深い碧の瞳。

 二三歳にもなって、『僕』。これはただの悪口ですが。


「エリシュカ、そろそろ退室しようか?」

「そうね」


 会場から出て、はぁぁぁ、と大きな溜め息を吐いてしまいました。


「シュカ、堪えて。後ろにいる」

「わかっていますわよ」

「ん。いい子だね」


 ヴィクトルが耳元で囁く。注意を。

 ツンと返事をすると、エスコートに添えていた手を取られ、指にキスをされました。


「しつこ過ぎよ」

「ふふ。アイツの顔が歪むのが楽しくてね」

 

 くすくすと笑いながら、頬に軽いキス。

 こういった甘い行動を照れずにやる男、それがヴィクトル。

 思考回路は悪どいのに、何故か『おっとり王子様』などと訳の分からない二つ名で呼ばれています。




 こんなことになったのも、全てあの馬鹿のせいですわ――――。


「私の妃に推しておいた」


 そんなバカな事を、両手を腰にあて、踏ん反り返って宣言した第二王子殿下。

 しかもドヤ顔で。


「まぁ、私には過分な地位ですわ。殿下にはもっと相応しい方がおいでですよ」


 意訳すると、『断固拒否』なのですが、伝わりません。


「照れずともよい」


 今のどこに照れが存在したのでしょうか?


 第二王子であるデニス殿下とは、幼い頃からのお付き合いではあります。

 宰相の娘として、王城でのパーティーに参加するたびに、ていただけなのですが。大人たちには仲睦まじく見えていたようです。


 デニス殿下は、とても妄想と思い込みの激しいお方で、陛下も王妃殿下も困り果てていました。

 その殿下が幼い頃から執着していたのが、私。

 おかげさまで、ご令嬢たちからは疎まれ、ご令息たちからは敬遠されてきました。


 デニス殿下から逃げるため、王城庭園に隠れたりしているときに、見かねて助けてくれたのがヴィクトルとの出逢いでした。

 幼い頃の三歳はとてつもなく年上に思えており『おにいさま』と呼んでいました。

 軽く黒歴史です。


「殿下、妃には王族に見合う地位の者が適格なのです。決して私ではありえません」

「そう謙遜するな。我らは婚姻するに相応しい年齢になっただろう? 私との力が合わされば、立太子し国王になることも可能だと思っている」


 ――――どう考えても無理!


 確かに、我が国は立太子制ではありますから、第二王子が王太子になり、国王になることも可能ではあります。法律上は。

 ですが、第一王子殿下はヴィクトルと同じ三歳上で、十年前には既に立太子されていました。

 幼い頃から神童と呼ばれ、デニス殿下が太刀打ち出来る相手ではありません。

 微塵の可能性もないほどに。


 それから、結婚に相応しい年齢と言われましたが、それは男性である殿下側の感覚であり、私には適応されません。

 女性は十八歳が適齢期で、二十歳になると『行き遅れ』なのです。


 そもそも、行き遅れたのは、殿下がずっと付き纏って下さっていたおかげなのですがね。

 エリシュカを『エリー』と略されるだけで鳥肌が立ちます。

 もう、イライラがピークに達しそうです。

 眉間にシワが寄りそうになるのをグッと我慢しました。


「殿下、私は薹が立っております。どうか、正常なご判断を」


 そう、願っても叶わない、斜め上に飛躍する。それが殿下というもの。


「エリー、君はなんて慎ましいんだ。私が惚れただけはある!」


 どこまでも自分主観の方です。


「宰相には許可をもらっている」

「…………なんの、許可ですの?」

「エリーが頷けば、考えてやってもいい。とのことだった!」


 ――――お父様、投げましたわね?


 そして、『考えてやってもいい』という明らかな上から目線で伝えた意味を理解していなさそうです。

 そこから二十分ほどつらつらと、よくわからない主張と一方的な愛らしき何かを告げられました。

 あぁ、ここで一発殴って不敬罪にでもなりたいわ。なんて邪な考えをしていた時でした。


「デニス。なぜ、を口説いているのかな?」


 ふわりと後ろから抱きしめられました。

 耳にそっとキスをされ、その流れで囁かれました。「話、合わせてね?」と。


「ねぇ、デニス。シュカには僕がいる。君は、お呼びではないんだよ?」

「エリーには婚約者がいないと聞いた! ならば私の妃にと父に推薦している。母も賛成している。宰相はと言った。あとはエリーの受諾のみなのだ!」


 言ってはいないのですが、殿下の読解力はその程度でしょうね。

 受諾、なのですか。

 これは公式の求婚だったのですか。


「……ふうん? それなら僕からもプロポーズしようかな」


 ――――はいぃ?


「シュカ、愛してるよ」


 後ろ抱きにされたまま、顎をクイッと横に向けられ、口付けされました。

 唇のギリギリ横に。殿下からはしっかりと口付けしているように見える角度で。


「ふふっ。真っ赤だねぇ。シュカ、受けてくれる?」

「っ! 私は認めんぞ!」


 デニス殿下は捨てゼリフを吐いて走って消えていきました。


「……やりすぎよ」

「ふふっ。僕の大切なシュカが困っていたからね」


 あぁ、この腹黒いヴィクトルの口車に乗せられたらいけない。そう思うのに、頬の熱はいつまでも引かない。


 ヴィクトルに、何故こんなことになっているのか、と聞かれたので説明しましたら、ポカンとしていました。


「宰相閣下、 投げたんだね?」

「ええ」


 父は殿下との会話で時間が潰れる事を、とても嫌っています。

 社交シーズン直前で仕事が山積みなので、丸投げ一択だったのでしょう。

 そしてそれは、私の一存でどのような結果にしても構わない、という意味も含まれています。


「じゃあ、とごまでもやってしまおうか」

「で、いつまでこうしてますの?」


 先程から、後ろ抱きにされたままです。

 暖かく包まれているのは嫌ではありませんが、人目があります。


「んー? 皆に見せつけないとねぇ。僕たちの仲を」

「…………あ、そう」


 そういう意味か、と受け入れていましたら、ヴィクトルがまたもやクスクスと笑います。


「何がおかしいのよ」

「強気なシュカも、いじけているシュカも可愛いなぁと思ってね」

「いじけていませんが⁉」

「ふふっ、そういうことにしてあげるよ」


 ――――この腹黒めっ。


 それからまもなくして、私たちとデニス殿下の戦いは始まりました。

 陛下と王妃殿下からは「できれば妃になってもらいたいが、エリシュカ嬢の判断に任せる。デニスは自業自得なのでどうなろうと構わない」との言質も頂きました。

 どうやら、先日の下克上発言のせいで、堪忍袋の緒が切れたようです。


 父からは「やってしまえ」ともの凄く雑な一言を頂きました。

 父のほうの緒は既にブッツリと切れているようです。




 後ろからデニス殿下の刺さるような視線を感じつつ、王城を出たところでした。

 ヴィクトルがピタリと立ち止まりました。


「さて、そろそろ僕たちの婚約でも発表しようか」

「求婚されていませんが?」

「…………おや?」


 腹黒なのか、ぽやぽやなのか……そういえばこの人のこういったところは素でしたわね。


「シュカ、僕の気持ちには気付いていない?」

「……ハッキリと言われてはいませんので」

「んー。そっか」


 残念そうなお顔をされましたので、次は何を言い出すのか、と待ち受けていましたら、頬に柔らかい口付け。


「覚悟しておいてね?」

「……」

「悪役令嬢とおっとり令息が婚約。世間が沸くだろうねぇ」

「申込みも、返答もしていませんが?」

「だから、覚悟しておいてね」


 また柔らかい口付け。


「逃さないよ」


 ――――全く。


 誰でしょうか、この腹黒に『おっとり王子様』など似つかわしくない二つ名を付けたのは。


 ――――全く。

 

 惚れた弱みでしょうか、こんな腹黒い姿を見ても、ときめいてしまうのは。


「楽しみにしておくわ」

「素直なシュカも可愛いね」

「フン」




 ―― fin ――



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