4.

太田おっちゃんが、犯行を供述した。

毎日、午後十時にアックス石木店に来店する。

皆、そう思い込んでいた。

事件当日も、皆、いつも通り、午後十時に来店したと思い込んでいた。


太田は、清田さんの下の階に住んでいた。

ゴミ出しの曜日を間違えた時、清田泰子さんに指摘された。

ゴミ置場が、野良猫や烏に荒らされて、散乱すると注意された。


当時、マスクが品薄だった。

どこの店舗へ買い求めて行っても品切れしていた。

どこの薬局でも、入荷次第、売り切れになっていた。

どこの小売店でも、「お一人様何枚まで」と購入枚数制限をしていた。


アックス石木店では、少量ずつだが定期的に入荷していた。

その日、マスクが入荷した。

品出し担当店員が、商品を売場に運び込んだ。

陳列しようとすると、女性が近付いて来た。

五枚入包装が、十二包入った小箱を一箱、買い物カゴへ入れた。

「お客様。恐れ入ります。お一人様、五枚入一包までになっています」

店員は。そう声を掛けた。

しかし、女性は、店員の呼び掛けを無視して、レジへ向かった。

店員は、どうせレジで、購入制限されると思い、追い掛けなかった。


マスクを棚へ並べると、すぐに無くなってしまった。

少しずつ、バックヤードから棚へ並べていた。

最後の一箱を棚へ並べた。


太田は、普段、夜しかアックス石木店に来ていなかった。

マスクを探していた。

石木店には、マスクが昼間、入荷する。

そう、夜間の店員から聞いた。

昼間行ってみた。

店員がマスクを棚に並べると、すぐ売り切れになった。

太田は、マスクを手に入れられなかった。


また、店員がマスクを棚へ並べると、すぐに売り切れてしまった。

店員が、トランシーバーで、店長にマスクが売り切れた事を報告した。

すると、チェッカーからトランシーバーで、報告があった。

五枚入マスク、十一包がレジに残っているので棚へ品出しするという事だ。


太田は、マスクを品出ししていた店員が、バックヤードへ戻ろうとする時、尋ねた。

「マスク。ありますか?」

もうすぐ、いくつか棚に入るという応えだ。

チェッカーがマスクの入った小箱を持って雑貨レーンに現れた。

その後から、何人もの、お客さんが、チェッカーの運ぶ小箱から、五枚入のマスクを受け取っていた。


「お待たせいたしました」

品出しの店員が、マスクを待っていた太田に云った。

その時、女性客が、チェッカーの持っているマスクの小箱を奪うように掴んだ。

最初に、マスクの小箱を一箱持ってレジへ向かった女性客だった。

それが、当日、入荷した最後の五枚入マスクだった。


マスクを待っていた太田は、呆然としていた。

目の前で、待っていたマスクが、奪われたのだ。

「申し訳ありません」

品出しをしていた店員は、謝るだけだった。

女性客から、マスクを取り戻す事も、注意する事もしなかった。


清田泰子さんが居た。

泰子さんは、五枚入マスク一包を持っていた。

泰子さんは、手にしたマスクをその太田に譲った。

太田は、その日、清田正雄と同じ、警備会社へ就職の面接に行く事になっていた。

しかし、面接をキャンセルした。

太田自身、理由が分からなかった。


以前は、レジャー施設へ勤めていた。

新型コロナの影響だけでは、無かった。

年齢もあったのかもしれないが、人員整理された。


太田は、一度、アックス石木店のアルバイトに、応募した事があるそうだ。

当時、鮮魚部と、チェッカーしか、募集していなかったので、採用されなかったそうだ。


事件当日。

太田は、清田正雄さんが、出掛けるのを待った。

正雄さんは、真面目でおとなしい。

いつも泰子さんが、余計なお節介でトラブルを起こす度に、謝って回っていた。

正雄さんが、出掛けたのを確認して、二階の清田泰子さんを訪ねた。


ドアが、開いていた。

靴を脱いで、玄関から居間へ入った。

「誰や!」

泰子さんが、太田に気付いた。

太田は、泰子さんの口を塞ぎ、食卓の椅子に座るように云った。

泰子さんが抵抗して、腕を振り払おうとする。

つい、引き倒してしまった。


泰子さんは、椅子に頭を打ち付けた。居間の食卓の下に横たわり、動かなくなった。

太田は、怖くなり、アパートを飛び出し、歩いてアックス石木店へ向かった。

「と、いう事でした」

三好刑事が説明した。

事件は、一件落着した。


「そしたら、あの謎の女性は?」

秋山は、尋ねた。

「分かりません」

三好刑事が答えた。

捜索したが、行方が分からない。

正体も不明のままだ。

「清田正雄さんは、無罪放免ですか」

佐伯主任が尋ねた。

「そうです」

三好刑事が答えた。

謎の女性も、無関係との結論だった。

すり替わった、謎の女性の物と思われるエコバッグは、警察署で保管している。


「そうです。ただ、」

三好刑事には、気になる事がある。

正雄さんは、泰子さんが玄関で倒れていた。と証言した。

太田は、居間で倒れたと供述している。

三好刑事は、納得していないのだろう。


清田正雄さんは、安らかな表情だったそうだ。

妻の泰子さんが、殺害されたというのに、悲しんでいるようには、見えなかったそうだ。

釈放された事ばかりではなく、肩の荷が降りたようだった。


秋山は想像した。

太田が泰子さんを引き倒した。

これは間違い無い。

泰子さんは、椅子に後頭部を打ち付けた。

動かなくなった。


しかし、息が戻った。

居間に、誰か、まだ居る。

謎の女性だ。

玄関へ逃げた。

椅子で、泰子さんは、後頭部を殴られた。


謎の女性は、太田を追った。

理由は分からない。

アックス石木店に入った。

後は、防犯カメラの通りだ。

秋山は、そんな風に考えていた。


後日、店長が、清田さんを訪ねたそうだ。

香典一万円を包んで、お悔やみに行った。

あの日の、惣菜四品分も返金した。


店長も云っていた。

清田正雄さんは、安らかな表情をしていたそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エコバッグ 真島 タカシ @mashima-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ