―40― 告白

『好き』と確かに聞こえた。


 風不死椎名はスマートフォンを耳に当てた状態で動くことができなかった。

 ホテル最上階のレストランの一角、そこで彼女はたった一人でテーブルに座っていた。

 さっきまで近くにいた月上玲奈はすでに帰ってしまっていた。彼女は椎名の護衛役のはずなのに、あまり主人に対する気遣いがなっていないのは昔からのことだった。

 実は、奏生と寧々の会話を椎名ずっと聞いていた。

 というのも、奏生が椎名に連絡をした後、奏生はスマートフォンの通話を切ることを忘れていたのだ。

 結果、椎名はずっとスマートフォンを通じて彼らの会話聞いていたのだ。本来なら、こんな盗み聞きのようなこと咎めるべきなんだろうが、どうしても会話の内容が気になってしまって抑えることができなかった。

 だから、奏生と寧々の車中のやりとりも奏生が寧々を自宅に送り届けた後の会話を聞いていた。

 寧々の声色はどこか機嫌が良くて、奏生のことを強く意識していることが容易にわかってしまう。

 二人のことを恋人同士のようないい雰囲気だと思ってしまった。このままいくと、二人の関係が進展してしまうような気がして、今すぐ奏生に帰るように連絡をしようかと悩むが、それをしたら盗み聞きしていることが露呈するし、二人の関係を意味もなく壊すのは卑怯な気もしたため、結局椎名はただ二人の会話を聞くしかなかった。


 そして、たった今、寧々が『好き』と告白した。

 恐れていたことが起きてしまったと椎名は思った。もしかして、寧々は告白する気なんじゃないかと、なんとなくそんな予感がしていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 運動をしていないはずなのに息苦しくなる。

 二人の会話を聞いているだけで胸が苦しい。

 ズルいと思ってしまった。

 こんな告白をされたら、誰だって断れない。

 このままだと二人がつきあってしまう。



「好きです。私とつきあってください」


 もう一度、寧々は自分の言葉を確かめるかのようにそう言う。


「けど、オレは――」


 反射的にそう口にして、


「わかってる」


 言葉を遮るかのように寧々は叫んだ。


「奏生があいつと婚約してるのもわかってる。あいつと結婚しないと100億の借金を背負わされることも」


 寧々は泣きながら訴えかける。


「でも、奏生のことどうしても諦めきれない。だって、どうしようもなく奏生ことが大好きなんだもん。好きだと自覚したのは最近だけど、ずっと前から好きだったんだと思う。奏生がいなくなってから、初めて奏生が自分にとってとっても大事なんだってわかった。私、奏生がいないとこの先、生きていけないよ。奏生、愛してるよ。奏生が他の女の子と一緒にいるだけど胸がおかしくなるし、息もできなくなる。奏生が他の女の子と結婚するのはいやだよ……」


 膨らみ続けた風船が破裂するかのように思いを爆発させていた。それでもまだ、寧々の感情はとまらない。


「前みたいにわがままはもう言いません。奏生のためなら、ワタシなんだってします。朝だって一人でちゃんと起きられるように努力しますし、料理だって奏生のためにがんばって覚えます。百億の借金だって、ワタシががんばって代わりに返します。すぐには返せないと思うけど、ワタシがんばって働きます。今までみたいなお世話をしなくていです。だから、お願いします。ワタシの側にずっといてください」


 そう言って、寧々は頭を下げた。

 目はすでに涙でいっぱいで時々床にこぼれ落ちている。

 その様は、告白した女の子の姿からはほど遠く、悲痛な叫びをあげながら懇願しているようだった。

 今のどうしようもなく萎れていて、それが哀愁漂っているように見える。だから、今すぐ抱きしめてあげて君をずっと守ると言ってあげたい。そんな衝動に駆られる。

 そう、寧々はとても魅力的な女の子だ。


「ワタシ奏生がいないこの先、生きていけないよう」


 念を押すように彼女はそう口にする。

 そうだ。とっくにオレの中の答えは決まっているんだ。

 だから、オレは――


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