―37― 幼なじみ

『お兄ちゃん、あいつらは全部で15人。5時と8時の方向にも人がいるから気をつけて』

「あぁ、わかったよ」


 イヤホンから聞こえる妹のアキの言葉に返事をする。

 真後ろにいる敵の存在も教えてくれてありがたい。恐らく、暗視カメラ付きのドローンでも飛ばしてここの状況を監視しているんだろう。


「一体、何者なんだ?」


 さっき地面に転がした男がそう尋ねてきた。他のやつに指示をだしていたことから、この男がこいつらのリーダーなんだろう。


「ただの高校生だよ」

「ふざけるのもいい加減にしろ! てめぇみたいな高校生がどこにいるって言うんだ」


 ふざけた覚えはないんだが。

 本当にオレは平均より少し劣っているただの高校生だ。


「奏生、気をつけて! そいつ銃持っている!」


 寧々の叫び声が聞こえた。

 同時に、リーダーが笑みを浮かべて拳銃を懐から取り出した。


「残念だったな。いくらお前が強くてもこれには適わないだろォ!!」


 勝った気でいるのかニヤつきながら拳銃を撃ち放つ。

 寧々の言葉などなくても拳銃を持っていることは最初から知っていた。そして、懐からの拳銃の取り出した方があまりスムーズではなかったことから、こいつが拳銃の素人なのが見て取れる。

 恐らくこいつらは下っ端の構成員で、銃を渡されてただ粋がっているだけ。

 そんなやつの射撃を避けるのはそう難しくない。銃口の位置から弾丸の軌道を予測して、それに合わせてただ体を動かすだけ。


「くそっ、なんで当たらねぇんだよ!!」


 もう三発も撃ったのにかすりもしないことに男は嘆いていた。そして、これだけの時間があれば、男に至近距離まで近づくことは可能。

 確かに、オレはただの高校生ではないのかもしれない、とふと思う。

 なんせオレはこういう状況を対処するのが人より得意なのだから。



 レストランの最上階。格式高いレストランにて風不死椎名は意気消沈していた。

 せっかくのお誕生日だからと、わざわざこのレストランを予約して(奏生にはお爺様が勝手に予約したと嘘をついたが)普段なら着れないようなドレスを身につけて髪も豪華に編んでもらってオシャレして、プレゼントまで用意したのに、対面の席は空っぽだ。

 こういったレストランで一人で食事するの珍しいことに違いない。その証拠に、周りを見ても複数人で食事しているお客さんしかいない。

 だから、たった一人で席を座っていると奇異な目で見られやしないかと、さっきから心細かった。


 数分前、奏生から連絡があった。

 とても重大な事件が起きたから、約束の時間に行くことができなくなった。遅れるけど、必ず行くから待っていて欲しい、とのこと。

 どうやら七皆寧々が何者かに襲われたらしい。確かに、そんなことがあったら食事どころではない。

 けど、そんなの警察にでも任せて来て欲しかった。そんなこと言えば、ワガママだと思われるので言わなかったけど、本音を言えば幼なじみなんかより自分を優先してほしかった。


「まだ小学生だったときを思い出しますね」


 ふと、そんなことを口にする。

 小学生だった頃、彼が当時住んでいた屋敷にやってきた。あの頃は、まだ海外に来たばかりで友達がいなかったのでお爺様が気を遣ってくれたのだ。

 彼は日本で住んでいて、父親の仕事で夏休みの間だけ海外に来ていた。

 結果、彼ととても仲良くなった。

 つまんなかった海外生活を彼が華やかにしてくれたのだ。あの頃が椎名にとってもっとも幸せな時間だったと断言できる。

 だから、当然のように彼のことを好きになっていた。椎名の初恋だった。

 いつしか椎名は彼に日本に帰らないで欲しいと思った。それで、そのことをお爺様にお願いした。

 そうしたら、彼がいいよと言ってくれたら、そうなるよう便宜を図ろうと言ってくれた。

 だから、椎名は喜んでそのことを彼に伝えた。


「ごめん、日本に僕がいないとダメな幼なじみがいるから」


 あっけなく断られた。

 悩むそぶりさえなかった。

 椎名は、まさか断られると思わずショックを受けた。今まで椎名は自分が望んだことが手に入らなかったことがなかった。


 彼を失って椎名はずっと寂しい思いを強いられた。

 彼と別れてから椎名はずっと心の中に引っかかりを覚えていた。それでも椎名は一人で生きて、それでようやっと彼のことを忘れることができそうってときに、彼との結婚話を聞かされた。

 お爺様はてっきり椎名が喜んでくれると思ったらしいが、そんなことはなかった。

 だって、彼はあの日、椎名ではなく幼なじみを選んだのだから。

 けど、会わないわけにもいかず複雑な思いを抱きながら、彼と会った。

 そしたら、彼は自分のことを忘れていた。そのことが気に入らず、あの日あんな態度をとってしまった。後悔なんてしない。だって、忘れてたほうが悪いんだから。


 でも、今になって後悔の念がこみ上げてくる。もっと優しくしたほうがよかったんじゃないだろうか。

 そうしたら、幼なじみじゃなく自分を選んでくれたんじゃないかな。


「私だって、幼なじみなのに……」


 なのに、彼は大事なときに限って、他の幼なじみの側にいるんだろうか。


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