―34― 誕生日デート
「それでは、約束の時間にまた会いましょう」
そう言いながら、椎名は玄関を出た。
窓を見ると、マンションの玄関前に黒光りした高級車が待っていた。あの車に乗って椎名は移動するつもりなんだろう。流石、お嬢様だ。
今日は、オレの誕生日ということで椎名のお爺様が高級レストランを予約してくれたらしい。だから、その高級レストランで今日は2人でお祝いするつもりだった。
椎名は立派な服に着替えたいということで、一度実家に寄ってからレストランへと向かうとのこと。だから、椎名は先に家をでて現地で集合するということになった。
「この服装で大丈夫かな?」
一回だけ来て放置していたスーツをクローゼットから取り出していた。いくら高級なレストランでもスーツを着ていれば追い出されることはないはずだ。
それからスーツを着て髪を整えて行く準備を済ませたが、まだ約束の時間まではあるな。
「アキ、入ってもいいか?」
妹のアキに変じゃないか確認してもらおうと、扉をノックする。いいよ~、と返事が聞こえたので扉を開けた。
「なにしていたんだ?」
アキの部屋はいつも物で散乱している。
彼女はパソコンオタクなため、自作PCがいくつも置いてあったりディスプレイが複数あるのは当たり前。ゲームや見たこともない機械もたくさん並んでいて、床にはたくさんの配線が散らばっている。部屋は常に熱いため、本格的な夏はまだ先だというのにクーラーはつけっぱなしだ。
「この前依頼されたプログラムを組んでいた」
呟きながらアキは椅子を回転させて、こっちを振り向く。
たまに、フリーランスで依頼されたプログラムを組んで報酬を得ているらしいから、その一貫だろう。
これで、まだ小学生だというんだから末恐ろしい。
流石に、オレと同じ父親の娘なだけはある。彼女は紛れもない天才だ。
「それで、どうしたの? お兄ちゃん」
「その、変な格好じゃないか見てもらおうと思って」
全身が見やすいように両手を広げる。
「いつもかっこいいお兄ちゃんがいつも以上にかっこいいからいいと思うよ」
アキの寸評を聞いて満足していた。
「今日は風不死さんと夕食を食べに行く日だったね」
「あぁ、悪いけど、今日は1人で夕飯を食べてくれ。冷蔵庫に入ってあるのを温めれば大丈夫なはずだから」
「うん、わかったー」
そう返事したアキは、なにか言いたいことがあるのを無理して黙っているような気がした。
もしかしたら、未だにオレが椎名と結婚しようと考えていることを納得できていないのかもしれない。
◆
オレはレストランに歩いて向かっていた。
多少遠いが歩いて行けなくもない距離だった。本当はタクシーを使いたかったが、借金のことを聞いてしまった以上、無駄遣いをする気にはなれなかった。
なんだかんだオレは今日の誕生日を楽しみにしていた。
例年通りなら、ケーキを買って食べるのが我が家の誕生日の過ごし方だ。
「たしか、ここだったな」
地図の情報と照らし合わせながら、そう口にする。
予約したレストランはホテルの最上階に位置するらしい。
一応椎名がいないから入口付近を確認するが、それっぽい姿は見当たらない。もしかしたら、すでに中で待っているのかもしれない。
そう思って、玄関をくぐろうとした瞬間――
ポケットにいれておいたスマートフォンが震えた。
画面を見て、妹のアキが連絡してきたことがわかる。
「よかった、繋がって」
電話越しのアキはどことなく慌てていた。
「どうしたんだ? アキ」
「聞いて、お兄ちゃん」
そう言ったアキは息を吸い込んでから、こう口にした。
「寧々ちゃんがいなくなった」
――は?
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
【あとがき】
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