―33― キス
「やっぱり七皆さんが心配ですか?」
夕食を食べ終わった後、ソファで寛いでいると椎名が語りかけてきた。
そう聞かれるってことは表情に出ていたんだろう。
「そりゃ心配だけどさ」
寧々が学校に来なくなって一週間が経とうとしている。
今日なんかは寧々とよく話しているギャルっぽい友達に寧々のことを聞かれたぐらいだ。どうやらスマートフォンでメッセージを送っても、ちゃんと反応が返ってこないらしい。
オレと寧々の関係はクラスの連中には内緒のはずなため、なんでオレに聞いたのか疑問を覚えたが、寧々と仲いいみたいだしある程度は事情を知っていたのだろう。
とはいえ、オレも寧々の現状は把握できていないため、なにも答えることができなかったが。
「オレが寧々のためにできることなんてないだろうからな」
「別にそんなことはないと思いますよ」
椎名の返答に首を傾げる。
「忠仲さんが一生、七皆さんのお世話をすると宣言すれば彼女は元の生活に戻れるんじゃないですか」
「現実的ではないな」
「彼女と結婚してあげれば、実現可能かと」
「あのなぁ」
イラつきながらオレは口にする。
「オレが結婚したいのはお前だけだって何度言えばわかるんだ?」
「口だけならなんだって言えます」
オレは本気のつもりなのだが、なんでか信じてもらえない。
「どうしたら信じてくれるんだ?」
「証明でもすればいいんじゃないですか」
投げやりとばかりに彼女はそう言う。
証明って、具体的になにをすればいいのか全く思いつかない。いや……、
「キスでもすれば証明になるか?」
「……ならないですよ。私とのキスなんて誰にとってもご褒美ですから」
だって、私は世界一かわいいんですから、と。
ホント生意気なやつ。
ともかくキスをしても意味がなさそうなので、オレは立ち上がる。自分の部屋に行こうと考えた。途端、床が滑って足がもつれた。
結果、なぜか椎名をソファの上で押し倒すかのような体勢になってしまう。
目と鼻の先に椎名の顔がある。
改めて見ても、こいつはめちゃくちゃかわいい。
「明日のレストラン、着替えをとりに一度実家に寄りたいので現地で集合したいです」
そういえば明日、オレの誕生日だからと、椎名のお爺さんが高級なレストランを予約してくれたんだった。
「別にいいけどよ、わざわざ着替るって普段のじゃダメなのか?」
「ダメですよ。高級レストランなので、ちゃんとした服装で来てください。じゃないと、私が恥をかきます」
「あぁ、わかったよ」
ちゃんとした服装なんて持っていたかな、と不安になるが、たしか一着だけ持っていた記憶があるので、それを着ればいいはずだ。
てか、この状況で、なんで椎名は平然とした様子で会話ができるんだよ。オレはこんなにも恥ずかしいというのに。なんか少しだけ悔しい。
「それはそうと、いつまでこの姿勢を続けるつもりですか? 早くどけてください」
椎名はうっとうしそうにしていた。
そのことがなんだかムカつく。
「なぁ、椎名。キスしてもいいか?」
「えっ?」
「オレたち婚約者なんだからさ、いい加減キスぐらいしてもいいと思うんだが」
「嫌ですよ。誰があなたなんかと」
「そうか、その反応だと椎名はキスしたことないんだな」
「は?」
「いや、てっきり経験豊富だと思っていたから、キスぐらいどうってことないと思っていたが、意外とそうでもないんだな」
「……まさか、そんな安い挑発で私がのっかると思っているんですか」
ちっ、やっぱダメか。挑発すれば乗ってくれるかなと思ったが、そううまくはいかないようだ。
だから諦めようと、態勢をもとに戻そうとして――
「でも、忠仲さんがどうしてもというなら、キスぐらいしてあげてもいいですよ」
え?
思わずも硬直してしまう。
「あなたがそんなに私とキスしたいとは思わなかったので。でも、私があまりにもかわいいので仕方がないですね」
椎名の言動が鼻持ちならないのはいつものことだが、ともかくキスをしてもいいようだ。
「じゃあ、目をつぶってくれ」
そう指示すると、彼女は目を閉じる。その上、いつキスされてもいいように唇をすぼめる。
相変わらず黙っていれば美人だよな、と改めて思う。
「椎名、好きだよ」
雰囲気でも出してあげようかと耳元で囁く。
すると、椎名の表情がみるみるうちに赤くなった。まさか、いつも澄ましている椎名がここまで顔を赤らめるとは思っていなかった。
その上、目を閉じてはキス顔をしている。はっきりいって間抜け面だ。
「フッ」
やば、つい大声で笑ってしまうところだった。
こんなチャンス二度とないだろし、写真でも撮るかとスマートフォンを取り出す。
椎名のやつ、未だにキス顔のまま待機していやがる。
パシャリ、とシャッター音が鳴った。
「え?」
椎名が目を開ける。
「あ、悪い。おもしろいと思って、つい写真を撮ってしまった」
「――――――ッ」
息を飲む音が聞こえた。
それから元々赤かった椎名の顔がさらに赤くなる。
「ふ、ふざけるのも大概にしてください……!!」
ドス、と鈍い音が響く。
椎名の拳がみぞおちに深く入っていた。少しぐらい手加減してくれてもいいだろ。おかげで、めちゃくちゃ痛かった。
◆
真夜中、1人の女子生徒が空を見上げていた。今夜は天気がいいらしく、月の明かりが爛々と輝いている。
彼女の足下には、気絶しているのか横たわった男たちがいた。
玲奈は風不死椎名の護衛役を幼い頃から務めていた。
その任務は多岐に渡り、時には決して表沙汰にはできないような仕事までこなすときもある。
たった今こなした仕事も、そんな仕事の1つだ。
「こんなことしてただで済むと――」
床に転がっている大人がなにかをつぶやき始めたので、黙らせるべく手の指を踏みつける。グギギ、という骨が砕ける音と悲鳴が聞こえたが気にする素振りさえ見せない。
「最近、うっとうしいのが増えすぎ」
ふと、愚痴をもらす。
ここのところこういった案件が何件も立て続けに起きている。
どれも風不死椎名を狙ったものだ。元々風不死椎名は安全を期して、海外の辺境の地で隔離されていた。
そんな彼女が、こんな雑多のところに転居したら、大勢に狙われるのは当たり前か。
旧財閥と血なまぐさい抗争は切っても切れない関係にある。
今回も、どこかの財閥が嫌がらせのつもりで使者を送りつけてきたのだろう。
恐らく三階滝グーグルじゃないかという目星はつけているものの証拠なんてどこにもないんだろうし、考えるだけ無駄ではある。
それにしても、嫌がらせにしてはしつこいな、と玲奈は思った。
嫌がらせがエスカレートして大事にならなければいいけれど、と玲奈は遠くない未来を憂いた。
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