―31― ★病み病み病み病み病み病み病み

 感情にまかせて口走ってしまった。

「もう、私の家に来なくていいからッ!」と。

 それから寧々は逃げるように、家に帰ってベッドにダイブする。

 もうなにも考えたくなかった。


「寧々ちゃん!」


 扉を叩く音が聞こえてきた。

 奏生の妹のアキが心配しに様子を見に来たんだってことがすぐわかる。

 けど、体がどうしたって動かなかった。全身に力が入らず、思考はノイズがはいってしまったかのように思うように動かせない。

 気怠くて、なにもかもがめんどくさかった。

 だから、ベッドから起き上がれず、結局しばらくしたらアキは帰ってしまった。


 自分の行動は間違ってたのだろうか?

 冷静になってからふと、寧々はそんなことを考えていた。

 さきほど奏生の家で、あまりにもショックで、感情が高ぶってしまい無意識のうちに言葉を連ねていた。

 もう奏生の顔を直視すらできない。奏生を見るたびに、胸がズキズキして息苦しくなる。

 だから、どっちにしろああするしかなかったと思う。

 今まで通り、奏生にお世話をされたら、そのまま心労で死んでしまいそうだ。

 だから、今日からは一人で生きていかなきゃいけない。


 翌朝、いつもよりも早い時間に起きてしまった。

 奏生が起こしにこないと思ったら、朝起きることができるのか不安で緊張してしまって、あまり寝付けることができなかった。

 正直まだ眠たいが今から寝たら、遅刻するのは必須なので、朝の準備を始めてしまう。


「なにもない……」


 冷蔵庫を開けてそう呟く。せいぜいあるのは、お茶と調味料ぐらい。

 朝食べなくてもいいかという考えが一瞬頭をよぎるが、昨日の夕飯食べてないことを思い出す。それに、奏生のおかげで朝ごはんを食べる習慣があっただけに、恐らくなにも食べなかったら昼になる前にお腹が空いてしまうに違いない。

 結局、学校へ行く途中にあるコンビニに寄って、おにぎりを買っては公園のベンチで座って食べた。


 学校へ行くと、否が応でも奏生が視界に入ってしまう。

 奏生を見るたびにかっこいいなと思って、やっぱり自分は奏生が好きなんだと自覚する。

 けど、奏生の隣には必ず風不死椎名がいる。

 椎名のことを見る度、鬱になる。

 なんで? と問いただしたい。

 自分のほうが奏生のことがずっと好きなのに。

 椎名が奏生のこと好きでもなんでもないのは態度をみれば明らかだ。むしろ、椎名は奏生のこと嫌いなんじゃないかと寧々は思っていた。

 なのに奏生と結婚できるのは自分ではなく椎名のほうなんだ。

 理不尽だと思う。

 こんなに奏生のことが大好きのに、それが報われないなんて。


「寧々っち、大丈夫ー? 顔色悪くない?」


 休み時間、サキサキコンビの黒い方の早紀が話しかけてくる。どうやら傍から見て心配される程度に、自分の顔色がひどいんだと自覚する。


「べ、べつに、大丈夫……」


 そう告げるだけでも体力が無駄に奪われる。それだけ大丈夫なフリをするのが辛かった。

 自分は大丈夫ではない。

 けど、本当のことを言えるはずがなかった。


 学校が終わったら、あとは家に帰るだけ。

 道中にあるスーパーマーケットでお弁当を買う。奏生の家に行かないときはよくここの弁当を買って夕飯にしていた。

 そして、1人で夕飯を食べ始める。

 ただ、食べ物がいつもより喉を通りづらかったので、食べるのに少しだけ苦労した。


 奏生に心配をかけたくない。

 それが寧々の心に占める感情だった。

 奏生がいなくても自分で生きられるんだってことを証明しないことには、自分はいつまでたってもこの恋を引きずってしまいそうだ。

 そう思ったおかげか、翌朝もちゃんと朝には目覚めることができた。といっても、昨日の夜もあまり寝付けなかったが。

 こういう日はきまって授業中に寝てしまうのだが、学校にいけば奏生がいるため、不整脈になり終始緊張してしまうため、授業中に寝ることができなかった。

 翌々日も、ちゃんと朝起きて学校へ行くことが出来たが、慢性的な睡眠不足に悩まされることになる。

 そして、次の日寝坊した。

 目が覚めたとき、いつもなら家を出てもうそろ学校に着くかなといった時間だった。

 今すぐ準備しないと。そう思って、慌てて支度する。

 髪がボサボサだが、構っている余裕がない。

 制服に着替えた寧々は走って、家を出る。学校に着いた頃には、走りすぎたせいでヘトヘトで脇腹が痛かった。

 結局、急いだけど始業時間には間に合わなかった。

 遅刻するのは恥ずかしいが、仕方が無い。

 そう思って、寧々は教室へ向かった。


「寧々っち、今日どうしたのー?」


 友達の早紀が話しかけてくる。


「別に……、ただ寝坊しただけ」

「寝坊だなんて珍しいじゃん」


 珍しいか。中学の頃は頻繁に寝坊していたことを思い出す。あのときは、まだ奏生が毎朝起こしに来てくれなかった。

 正直、会話する体力もないため、テキトーに会話を受け流す。


「気分悪い……」


 休み時間、廊下を歩きながらそう呟く。

 ずっと眠たくて、思考がにぶい。けれど、熱もなさそうなので風邪を引いているわけではなさそうだ。


 ふと、寧々は足をとめる。

 別に、なんてことはない。

 前方から、ただ風不死椎名が歩いてきただけ。

 彼女はチラリ、と寧々に目をあわせたがすぐ、視界から外しては隣を取り過ぎていく。

 ただ、それだけでなんだか自分がひどく惨めなような気がして。


「うっ」


 と、吐き気を催す。

 とっさに手で口を押さえながら、前屈みになる。

 涙がじんわり目から溢れる。こんな顔、他の人には見られたくない。

 そう思った矢先、彼女はトイレに駆け込んだ。

 個室に閉じこもった瞬間、ここなら誰にも見られないという安心感から涙が濁流のようにあふれ出した。

「うぇえ」と寧々は便器に向かって空嘔吐をする。

 それから、ぜぇーぜぇー、と過呼吸になりつつ、全身から大量の汗が噴き出した。

 もしかしたらこのまま死んでしまうんじゃないかってぐらい辛かった。いつもなら奏生に甘やかしてくれるのに、と思いつつ、それがもう適わないことに絶望する。

 授業が始まっても、トイレから出ることはできなかった。

 しばらくの間、何度も過呼吸と空嘔吐を繰り返しつつ、最終的には吐瀉物を便器の中へとぶちまけた。

 吐いた瞬間、すっきりしたのか全身から力が抜けてしまう。

 そのまま腰が抜けてしまったかのようにトイレの床に尻餅をつく。

 しばらくの間、立つことさえできなかった。


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