―28― デート(スイーツバイキング)
「なぁ、椎名。今日さ、デートに行かないか?」
今日はせっかくの休日だ。
休日になにもしないのはもったいない。今日みたいな日こそ、椎名の好感度をあげるチャンスだと思いデートに誘う。
「嫌ですよ。休日はゆっくりゴロゴロしていたいので」
いつものごとく断られる。
そんな椎名はソファに座ってテレビをぼーっと眺めていた。暇ならつきあえよとか思うが、口には出せないはオレの弱気な心のせいだ。
とはいえ今日のオレには秘策がある。
「そんなこと言ってもいいのか?」
「なにが言いたいんですか?」
考えがあることを察したのか椎名が怪訝な表情をした。
「せっかく椎名のためにこんなものを用意したのに」
そう言って、オレは一枚のチラシをみせた。
内容は、スイーツバイキングのお店が新しく開店したというもの。
スイーツバイキング。そう、お金さえ払えば、どんなスイーツでも食べ放題という夢のようなお店のことだ。
「スイーツバイキング……!」
椎名は目を輝かせてチラシをガン見していた。
今までの経験上、椎名が甘いものに目がないことはわかっていた。甘いもの好きがスイーツバイキングなんてもんょ見せられたらきっと我慢ができないに違いない。
「まぁ、無理して行かせるもんではないし、行きたくないというならオレ一人が行くが」
「……行きたいです」
ボソリと小声が聞こえてくる。
おいおい、そんな簡単に一度言った言葉を覆せると思ってもらったら困るぜ。
「いや、椎名。本当に無理して行く必要ないんだ。休日は家でゴロゴロしていたいんだろ? だったら、オレ一人で行ってくるよ」
簡単に椎名の都合通りにことが進んでたまるかといった嗜虐心が芽生えてしまっていた。
「なんでそんな意地悪を言うんですか……?」
「意地悪? オレは椎名のためを思ってだな」
「だったら、私をスイーツバイキングに連れっていってください! 家でゴロゴロしたいといったのは嘘です! 本当はスイーツバイキングに行きたいです! だから、そんな意地悪いわないでください……!」
めちゃくちゃ大声で主張してはオレのことをポカポカと殴りつけてくる。
おぉ、こんなにもスイーツバイキングに行きたいのかよ。想像以上にうまくこと進みすぎて逆に戸惑ってしまいそうだ。
そんなわけでオレと椎名は揃ってスイーツバイキングへと向かった。
「これ、全部食べて良いんですか……!?」
スイーツバイキングについて早々、椎名のテンションは最高潮に達していた。目の前には、たくさんのスイーツが山のように並んでいる。
それから二人でケーキやプリンを選んでは食べ始めた。
うっ、最初はスイーツいくらでも食べてやると思って挑むんだが、5つも食べたらもう甘い物は勘弁ってなるんだよな。そのせいあってか、三十分もすれば食べるスピードは落ちていた。その点、椎名は未だに幸せそうに次々とスイーツが口の中へと放り込まれている。
「よくそんなに食べられるな」
「だって、こんなにおいしいじゃないですか」
「それはそうだけどさ」
まぁ、椎名がこんなに幸せそうなら連れてきた甲斐があるというものだが。
「なぁ、椎名。今でもオレとは結婚したくないのか?」
「なんですか、藪から棒に」
せっかく楽しんでいるのに水を差さないでくださいとでも言いたげだな。
「いや、オレにとっては死活問題だからさ」
「そうですね、以前話したときと特に考えは変わってはいないかと」
そりゃそうだよな。
今まで椎名と過ごしてきて、なにか好かれるようなことをできた試しがない。
「オレは椎名と一緒にいると案外楽しいんだけどな」
「……なんです? 調子のいいこと言って私の好感度を稼ごうとか思っています?」
なんでこのお嬢様はこうも捻くれているのやら。
「本心だよ、本心。お前は違うのかよ。オレといて楽しいとか感じないのか?」
「いえ、全然楽しくないですね」
澄ました顔で否定される。
くそっ、ホントこういうとこは可愛くないよな。
「もう少し性格がよければお前は完璧なのに」
「私は性格が悪くても許されるんです。なんせ、私は世界一かわいいので。これで、性格までよかったら、寄ってくる男が無尽蔵に湧いて非常に厄介ですから」
「つまり、お前は計算して性格悪く振る舞っているというわけか?」
「えぇ、そうですね」
「……そうか」
椎名の説明は納得のいくものだった。
時々みせる素の反応だったり面倒見の良さだったり、案外いつもの塩対応は皮を被っていて、時々みせる一面のほうがどちらかというと素の彼女に近いかもしれない。
だったら、いつもかぶっている化けの皮をはがしたいところだが、具体的な方法は特に思いつかない。
「話は変わりますが、今度の週末、忠仲さんの誕生日のようですね」
「あぁ、そうだが。なんで知っているんだよ」
誕生日なんて一度も話した覚えはないんだが。
「お爺様が気を利かせたのか教えてくれまして」
「そうか。もしかしてお祝いでもしてくれるのか?」
「はい、そのつもりです」
てっきり「お祝いなんてするはずがないでしょう。バカなこと言わないでください」とか言われると思っていただけに、椎名の回答に目を丸くする。
「別に、私がやりたくてするのではなくて、お爺様が勝手に気を回して、高級レストランの予約をとってしまったので、行かないわけにいかないじゃないですか」
「それって二人きりでか?」
「もちろん、そうですけど」
「そうか、楽しみにしているよ」
「そんな期待しないでください。ただ、食事をするだけですから」
「だとしても、楽しみなことに変わりないだろ」
実際、本当に楽しみだ。
椎名のお爺様が選んだレストランということはよほど高級なんだろうから、非日常な体験を満喫できることに違いない。
それで、少しでも椎名と親密な関係に発展できたらなおよしだ。
◆
「帰ってきたみたいね」
家に帰ると、寧々がリビングで寛いでいた。
どうやら家に遊びに来ては妹のアキと一緒に遊んでいたらしい。
「遊びに来ていたのか?」
「えぇ、そうよ。そろそろ奏生が私に会いたいんじゃないかなって思って来てあげたの」
「おい、誤解されそうなことを言うな」
椎名も会話を聞いているというのに、ふざけたことをあまり言うでない。
「寧々も夕飯食べていくか?」
もし、食べるならこれから作る夕飯の量を増やさないといけない。
「私は別にどっちでもいいけど……」
そう呟きつつ寧々は椎名のことをチラリと見ていた。
どうやら椎名が嫌がるんじゃないかって気にしているらしい。
「私は気にしませんよ」
「じゃあ、食べていく」
どうやら今日の夕飯は4人分必要なようだ。早速、準備しようとキッチンに行っては調理にとりかかる。
「なにか手伝ったほうがいいですか?」
ふと、椎名が手伝いたそうに話しかけてきた。
「いや、いいよ。今日はオレ1人で作る」
「ですが……」
「えーっと、せっかくの機会だし寧々と仲良くしてきたらどうだ?」
今リビングに行けば、強制的に寧々と一緒に時間を過ごす必要がある。
「なんでそんなことをしなくてはいけないんですか」
椎名はいかにも不服そうにしていた。
「いや、これからも寧々は時々この家に来るんだから、いつまでも仲良くしないわけにいかないだろ」
椎名と寧々が顔を合わせる度に険悪なムードになるのを正直なんとかしてほしいとオレは常々願っているのだ。
「……はぁ、わかりましたよ」
渋々といった様子で了承してくれた。これで、本当に仲良くなってくれたらいいのだが。
「ねぇ、あんたっていつまでこの家にホームステイしているわけ?」
調理を始めてしばらくして、早速寧々が椎名に対して話しかけていた。キッチンにいても会話の内容ははっきりと聞こえてくる。
そういえば、以前寧々に椎名が同居をしているわけを聞かされて、とっさにホームステイしているなんて答えたんだった。
「そうですね……」
と、椎名は逡巡している。
椎名のやつ、なんて答えるつもりだろうか。今のところ二ヶ月は同居するつもりだ。それで椎名が結婚する気になれば、この先もずっと一緒に暮らすことになるし、気に入らなければ二ヶ月後にはこの家からいなくなる。
今のところ、椎名はオレと結婚する気がないし、二ヶ月だけと答えるはずだ。
「このままずっとこの家にはいますよ」
ん? 椎名の回答に首を傾げる。
「えっ、どういうこと?」
寧々も不思議に思っているようだし。
「だって、私は忠仲さんと結婚するつもりですので」
確かに椎名ははっきりとそう口にしたのだった。
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