―25― いつもと違う朝
翌朝、いつも通り朝ご飯の支度をしようと台所へ向かった。今日の当番はオレだ。
「おはようございます、忠仲さん」
どうやらすでに椎名は起きていたようで、すでにリビングにいた。今日はいつもより早く起きたつもりなのに、まさかそれより先に起きていたとは。
「なにかお手伝いしましょうか?」
いつも通り朝支度してから、朝ごはんを作り始めていると、椎名が話しかけてきた。恐らくやることがなくて暇なんだろう。
「必要ないな。今日はオレの当番だから」
そう言うと、椎名はムスッと頬を膨らませる。
「私が手伝うと言ったのですから、素直に受け入れればいいのに」
「いや、以前オレが手伝おうとしたらお前平気で断っただろ」
おかげで、あのときのオレはただ黙って椎名の作業を見ているしかなかった。あのとき感じた悶々を椎名も味わうといい。
「融通がきかないんですから」
なんとでも言うがいいさ。
そんなわけで椎名を無視しながら調理を進めていく。
つんつん、と椎名に人差し指で頬を突かれる。どういうつもりだ、と無視していると、再びつんつん、と今度は背中を突かれる。さらには、腕、首、肩と椎名の人差し指攻撃は終わらない。
「あの、椎名さん。邪魔をするならあっちにいってほしいんだが」
「人を邪魔呼ばわりとか、それが婚約者にいう言葉ですか」
都合のいいときだけ、婚約者なんて言葉を使いやがって。
チラリ、椎名を見ると、どうやら相当不機嫌なようで頬は膨らんだままだ。
「えっと、椎名さん。手伝ってくれると非常に助かるんだが」
このまま椎名を無視し続けると再び邪魔をされそうだし、仕方なくオレはそう口にした。
「最初から素直にそう言っておけばよかったんです」
一見怨み言のように聞こえるが頬は緩んでおり、彼女が嬉しそうなのは明らかだった。
◆
「えぇ……、あなた幼なじみの合鍵を持っているんですか。流石にドン引きです」
寧々の家のインターホンを鳴らしても出てくる気配がなかったので、いつもの調子で合鍵を取り出したところだった。
「これには、色々と複雑な経緯があっただよ」
そう、オレが合鍵を持つまでに様々な紆余曲折があったのだ。
それから椎名と一緒に部屋の中にはいる。
「椎名は中に入るの初めてだよな?」
「はい、初めてです」
寧々の許可を得てから椎名を中にいれるべきだろうかと思ったりもしたが、これ以上オレ一人で寧々の部屋を出入りするわけにもいかないため、こうして椎名を連れてきてやってきたわけだ。
「おい、寧々。起きているか!」
部屋の前で叫びながら扉をノックする。反応なし。
これは中にはいって起こす必要がありそうだ。
「あの、忠仲さん」
扉を開けようとして、椎名にとめられる。
「女の子が寝ている部屋に忍び込むのはどうかと思いますが」
「確かに、そうだな……」
頻繁に寧々の部屋に入るせいか、そういった感覚が完全に抜け落ちていた。慣れって怖い。
「そういうことなのでワタシが起こしてきます」
「あぁ、頼んだ」
椎名に任せても大丈夫なのかと内心不安だが、かといって任せる以外の選択肢はないため大人しく引き下がる。
というわけで、扉の前で黙って待つ。
「起きてくださいッ!!」
椎名の声が聞こえたと思ったら、ドカッとなにかを叩く音が聞こえる。
すると、「ぎゃああああッ!!」といった恐らく寧々の叫び声が聞こえた。本当に大丈夫なのかとすごい不安になってくるな。
「ちょっと、どういうこと!? なんであんたがここにいるわけ!?」
「あなたがだらしないから仕方がなくこうして来てあげたんですよ。むしろ感謝してほしいぐらいですよ」
「なんであんな雑な起こし方をされて感謝しないといけないわけ!?」
想像通りというべきか、椎名と寧々で口論を始めるし。
仲裁をするべく部屋の中にはいるべきかと思案するが、椎名に任せるといった手前それを破るのはどうなんだろう。
とか悩んでいると、バタンと扉が乱暴に開いて、寧々がでてきた。
「奏生、こいつが意地悪してくる。助けてよッ!!」
寧々がそう言いながら、オレの腕を掴む。
「意地悪とは心外ですね。あと、人の彼氏にあまりくっつかないでください」
そう椎名が言うと、寧々は対抗してなのかオレの腕にしがみつくように体を密着させて、ベーと舌を出す。寧々の柔らかい感触が布ごしに伝わって、ちょっとヤバい。
「二人とも落ち着け」
ひとまず平静を装いつつ、寧々を体から引き剥がす。
「寧々、後で話したいことがあるから、ひとまず着替えてこい」
寧々の格好がスケスケのネグリジェのままだったら、どんな話だって不可能だ。だから、まずは着替えを促す。
その間、椎名とオレで朝ご飯を準備をしつつ、食事をしてしまう。
「それで話ってなに?」
着替えが終わった寧々がやってきた。
そんなわけで、寧々が朝ご飯を食べている間に、椎名と決めたことを彼女に告げる。ちなみに、その間にオレは寧々の髪を梳かしていた。その様子を椎名がなにか言いたそうにしながらこっちを見ていた。
伝えたことを要約すると、これからはオレ一人で寧々の家に上がらない。用があるときは、椎名と一緒に部屋に入る。それと、これからも寧々のことをサポートはするが、将来的には寧々一人で自立できるようになってほしい。もちろん、オレたちは寧々が自立できるよう最大限そのお手伝いをする。
「そういうわけなんだが、どうだ?」
一通り説明をし終えたオレはそう口にする。
「まぁ、わかったわよ」
渋々といった様子ではあったが、寧々はあっけなく了承した。
「なに?」
意外そうに見つめていることを察したのか寧々がそう口にする。
「いや、もっと嫌がるかと思っていたから」
昨日、椎名が部屋にやってくるのをあれだけ嫌がったのを見ただけに、今の寧々の従順な様は少し意外だった。
「私をなんだと思っているのよ」
すると、寧々はそう不平を口にしてから、
「そりゃ嫌だけどね。でも、ワタシだっていつまでもこのままのわけにいかないことぐらいはわかるから」
そう口にした。
確かに、寧々の言った通りだった。
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