―23― 別れてよ
「ふふっ、やっぱ奏生はワタシの下僕よ!」
寧々はオレの腕を掴みながらはしゃいでいた。さきほどの様子とは打って変わってテンションが高いな。
気にせず寧々の部屋に入っては掃除を始める。
いつもだったら面倒くさがって掃除を手伝おうとしない寧々をどうにかして手伝わせるのだが、今日に限ってオレがなにも言わなくても率先して掃除を手伝い始めた。
考えずとも椎名の影響だってことはわかる。
「よし、こんなもんだな」
掃除自体は、掃除機かけてゴミをまとめれば終わるため一時間もあれば事足りる。
「ありがと」
恥ずかしいのか小声ではあったが寧々は確かにそう言った。
珍しい。お礼を言うなんて。
「どういたしまして」
できる限り意識してない風を装いつつそう言う。
「ねぇ、奏生」
見ると、寧々はオレのことをまっすぐ見つめていた。改めてどうしたんだろうか。
「奏生もあいつみたいに私のこと迷惑だって思ってる?」
あいつというのが椎名のことなのは言うまでもなかった。寧々なりに気にしていたんだろう。
「別に、迷惑だなんて思ってないよ」
それは本心からの言葉だった。
確かに、寧々のことを手のかかる幼なじみだとは思っているが、迷惑ただなんて思ったことはない。寧々のお世話はあくまでも自分の家の家事のついででしかないため、正直そんな苦ではなかった。
「本当?」
「あぁ、本当だよ」
疑っているようなので念を押す。
すると、オレの返事に満足したのか、寧々は「そっか」と頷いては破顔した。
「なんであんなやつとつきあってるの?」
人の彼女をあんなやつ呼ばわりか。
「ただの成り行きだな」
本当のことを言えるはずもなく、テキトーに誤魔化す。
「寧々はオレと椎名がつきあっていることが気に入らないのか?」
ここ最近、寧々の機嫌が悪かったのは、オレと椎名がつきあっているせいだろうとは思っているものの、その理由に関しては見当もつかない。
だから、それを探るにはいい機会かもしれない思った。
「うん、気に入らない」
彼女はきっぱりと肯定した。
「理由を聞いてもいいか?」
「それは――」
彼女は言うのをためらっているのか、悩む素振りをしてから口を開いた。
「奏生はワタシのものなのに、他の女に盗られたみたいでムカつくから」
随分と傲慢な考え方だな。まぁ、こいつがこういうやつなのはとっくの昔から知っていたから特に驚きはしないが。
「残念ながらオレはお前のものじゃない」
「そんなのわざわざ言わなくたって、わかっているわよ」
いくら寧々でも最低限の常識は備わっていたか。
「奏生、お願いがあるんだけど言っていい?」
「一体、なんの確認だ。いつものようにオレに命じればいいだろ」
「命令じゃなくて、あくまでもこれはお願いだから」
「その2つに違いはあるのか」
命令だろうがお願いだろうが、こいつが強要してくることに変わりはないのに。
「いいから答えてよ。お願いを言っていいかどうか」
「好きに言えよ。オレは今まで、お前のお願いをたくさん叶えあげたのに、今更遠慮するなよ」
イライラしながら答える。いつもならズバズバと遠慮無くなんでもいうくせに、今日は随分ともったいぶりやがる。
「じゃあ、言うね」
寧々はそう口にしてから、一度息を飲んでから再び口を開いた。
「あいつと別れて」
いや、それは流石に無理な相談だ。
けど、ストレートに拒絶するわけにもいかず口ごもる。
それを察してか、寧々はオレの至近距離までやってきては上目遣いで訴えかけてくる。
「奏生、お願いだからワタシの言うこと聞いてよ……っ」
彼女は涙目になっていた。
そんな表情をされたら、すべてを捨ててでも彼女の側に寄り添いたくなる。
いったいなにがここまで彼女をかき立てるんだろうか? まさか、本当に寧々はオレのことが――。いや、流石にその結論は早計すぎる。
「どうしてそんなにオレが椎名がつきあっていることがイヤなんだ?」
「さっきも言った。奏生はワタシだけのものなの」
「そうか」
寧々がここまで椎名のことを拒絶するなんて想像もしていなかった。
とはいえ、椎名と別れるなんて選択肢はオレのなかに存在しない。だから、どうにか納得してもらうしかない。
「寧々聞いてくれ」
さて、なんて言って、このワガママなお姫様を説得しようか。
「寧々、オレはさ、お前のこと家族のように大事に思っているんだ。その気持ちは、オレに彼女ができたとしても変わらない」
まっすぐな好意を伝えるのは非常に照れくさい。それも十年来一緒に過ごしてきた幼なじみだとなおさら。
「それって、彼女よりもワタシのほうが大事ってこと?」
このお姫様は、随分と意地悪な質問をするな。
どっちが大事かなんて決められるはずがない。どっちも大事だ、がオレの答えだ。だが、そんな答えを彼女が期待してないことぐらいは流石にわかる。
「それはなんともいえない。だが、お前とは十年以上のつきあいだ。これだけ長い間、一緒にいたんだ。お前との関係は簡単には切れないと思っている」
この答えで納得してくれ、と祈りながらそう口にする。
「そっか」
寧々はそう言って、笑みをこぼした。
よかった。どうやら機嫌を直してくれたみたいだ。
「そうだよね。ワタシと奏生はずっと一緒にいたもんね。もう、奏生がワタシのことそんなに想っていたなんて知らなかった。もう、仕方がないんだから。しばらくの間だけ、彼女の存在を許してあげる。だから、下僕、ワタシに感謝しなさいよね」
はぁ、こいつはすぐ調子にのるんだから。
「誠にありがとうございます。オレだけのお姫様」
そう口にすると、寧々は満足そうに鼻を鳴らした。
◆
奏生が帰った後、寧々はひたすらに機嫌がよかった。
なぜなら奏生は寧々のことを大事だと言ってくれたのだ。これが喜ばずにはいられようか。
とはいえ、現状に満足するわけにはいかない。
奏生と椎名とつきあっているという最悪な現実が変わったわけではない。あの二人が一緒にいるのを見るだけでも、寧々のイライラはとまらない。
寧々の望みは、あの二人が別れることだった。
暇つぶしにインターネットを閲覧して、高校生のカップルが結婚する確率は3パーセント以下という記事を見つける。
この記事の通りなら、奏生と椎名も間もなく別れるはず。そう思うと、寧々のテンションはますますあがる。思わずベッドにダイブしてしまう程度に。
二人が別れたとき、自分は奏生に好きだと伝えるんだ。奏生が断るなんて微塵も思わない。だって、奏生だって寧々のことが大好きなのは間違いなんだから。
今、椎名とつきあっているのだって、成り行きだと言っていたし、きっと奏生は椎名のことを大して好きじゃないんだろう。
「えへへ、奏生、やっぱり好き……っ」
そう呟いて、彼女はベッドの上でじたばたする。
彼女の思い描く未来は明るかった。
なぜなら、七皆寧々は知らなかった。
忠仲奏生と風不死椎名がつきあっているフリをしている本当の理由を。
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