―22― 修羅場
「夕ご飯できましたよ」
椎名の呼びかけによりオレたちはテーブルへと集まった。
今日の夕飯はハンバーグのようだ。見た目からして、専門店で出てもおかしくないクオリティ。
いただきます、と言ってから、一口食べる。うまっ。どうやったら中に肉汁をこんなにも包むことができるんだ? あとでコツを聞こう。
と、脳内で実況をしたものの、実を言うとただの現実逃避だった。
沈黙。
夕飯のテーブルが重い沈黙に包まれていた。
寧々はなにが気に入らないのかずっと不機嫌で、妹のアキもさっきのことがあったせいか表情が暗い。
それを察してか椎名も口を開かないし、オレも口を開けないでいる。
チラリ、と椎名が目配せをしてくる。「この空気をなんとかしろ」とでも言っているのだろう。仕方がない。
「なぁ、椎名ってまだこっちに来たばかりで友達が少ないからさ、できれば寧々に椎名の友達になってもらいたいんだが」
自分で言うのもなんだが、中々悪くない提案だな。椎名にはできればここでの生活を満喫してもらいたい。そのためにも女友達がいたほうが色々と都合がいいだろう。
「やだ」
はっきりと寧々は拒絶した。
一瞬聞き間違いかと思うが、続く言葉がそのことを否定する。
「なんで、こんなやつと私が仲良くしなくちゃいけないわけ。意味わかんないんだけど」
おい、一体どうしたんだ。
寧々は確かに、わがままなところはあるが、空気は読めるやつだ。だてにクラスの中心人物をやってないだけはある。普段の寧々なら、オレ以外に対してこんなことを口にはしない。
「わ、悪いな、椎名。こいつ気分屋なところがあってな。だから、気を悪くしないでくれ」
とっさに椎名のフォローをする。
椎名の好感度を稼ぎたいオレとしては、ここで彼女の機嫌が悪くなっては困る。
「大丈夫ですよ、忠仲さん」
普段は滅多に見せない笑顔をもって椎名は頷いてくれた。どうやら杞憂で済んだようだ。
「あなた、七皆さんですよね。忠仲さんからよくあなたの話を聞いてます」
「だから、なに……?」
「いえ、随分と忠仲さんにお世話をさせているみたいですけど、少しぐらい遠慮をしたらどうですか?」
「どういう意味よ。あんたには関係ないでしょ」
「いえ、関係ありますよ。忠仲さんは私の彼氏ですから」
あれ……? なんで二人とも険悪なんだ? なんか二人ともお互いを強く睨み付けているし。
「えっと、二人とも落ち着いてくれ」
そう言って、二人を諭す。一応言うことを聞く気はあったようで、二人ともこれ以上は口を開かなかった。
けっきょく、今日の夕ご飯は終始重苦しかった。
◆
「ねぇ、奏生。今日、うちに来てよ」
椎名が食器を洗っている最中、リビングで寛いでいた寧々がオレに提案してきた。
うちに来て、なんてシチュエーションが違っていれば、エッチなことかと勘違いしそうになる言葉だな。
「あぁ、そうだな。最近行けてなかったしな」
この前、寧々を迎えに部屋にあがったとき、物が散乱としていて部屋が汚かったことを思い出す。
だから、たまに寧々の家にいってはオレが代わりに掃除してあげるのだ。
「椎名、少しの間、寧々の家にいってくるから」
念のため、椎名にも伝えておく。
「なにをしに行くんですか?」
「寧々の部屋が汚いからさ、掃除を手伝ってあげるんだよ」
「部屋の掃除ですか。それぐらい、自分でやったらいいじゃないですか」
そう言って、椎名は寧々のことを睨み付ける。
「べ、別にいいでしょ。掃除を手伝ってくれるぐらい」
すかさず寧々は反論する。
それでも椎名は譲る気がないらしく、言葉を連ねる。
「よくはないですよ。普通、自分の部屋の掃除は自分でやります。あまり人の彼氏を雑用のように扱わないでください」
「うるさい! 私が家事できないから、奏生が代わりにやってくれるの! それなのにが悪いっていうの!」
「家事ができないなら、ハウスキーパーを雇えば良いじゃないですか。もちろん、それ相応のお金はかかりますが。それとも、あなたは忠仲さんになんらかの報酬を支払っているのですか?」
「――――ッ!!」
一瞬、寧々の目が見開く。そして、なにかを訴えようと口を開く。
まずいっ、このままだと取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
「ま、待て! 二人とも落ち着け」
慌てて、二人の間にはいった。
「なぁ、椎名。確かに、お前の言っていることは正しいかもしれないが、今日のところは勘弁してくれ。オレが寧々の部屋の掃除を手伝うの、昔からの習慣なんだ。それを突然、変えるのも難しいだろ」
椎名のほうが説得しやすいと判断して、なんとか彼女を説得しようとする。寧々も「そうよ、こいつの言うとおりよ」と援護になっていない援護をしてくれる。
すると、椎名は「仕方ない」とはがり目をそらしては口を開く。
「わかりました。ただし、ひとつ条件があります」
「条件とはなんだ?」
無理難題を言わないでくれよ、と祈りながら彼女の言葉を待つ。
「私も七皆さんの掃除を手伝います」
なんだ、そんなことか。むしろ手伝ってくれるのはありがたい。
「絶対にイヤ」
けれど、寧々が強く拒絶した。
「こんなやつを私の部屋に上がらせたくない。しかも、ワタシの部屋を掃除するとかあり得ない!」
「あり得ないのは私のほうです。彼氏が他の女と二人っきりになることに拒否感を覚えるのは当然のことかと。だったら、私も一緒に手伝うしかありません」
「はぁ!? 彼氏、彼氏ってさっきからそのことばっかり!? 私と奏生は幼なじみなのよ!」
「幼なじみなんてただの他人じゃないですか。赤ん坊じゃないんですから、これ以上ワガママ言わないでください」
「ヤダ……、絶対にイヤだ。ねぇ、お願い、奏生一人がいい。こいつと一緒にこないでよ。お願いだから……!」
そう言って、オレの腕をひっぱる寧々の顔をよく見ると、彼女は涙目になっていた。そんな切なそうな表情をされたら、流石に無碍にはできない。
「おい、椎名。今日のところはオレだけで掃除させてくれないか」
「なんで、そうなるんですか――っ」
「落ち着け。どうした? いつものお前らしくないぞ」
いつもの椎名はもっとクールで状況を俯瞰的に見ることができるはずだ。だというのに、今の椎名は明らか感情的で冷静でない。
なぜ、彼女がここまで心を取り乱しているのか、オレにはよくわからない。
オレの指摘は彼女にとって図星だったのか、口をすぼめては半歩後ろへ下がって、
「確かに、少し冷静ではなかったですね」
と、肯定した。
「ともかく、今日はオレ一人でいくよ」
「勝手にしたらいいです」
そう言って、そっぽを向く。
……明らか機嫌が悪いな。後で、フォローする必要がありそうだ。
なんというか、女の子って難しい。
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