―19― 映画館でデート
オレは今日このデートで椎名を落とすつもりでいる。
そのために、とっておきの作戦を用意した。
というのも、オレが参考にした『好きな女性の落とし方』という記事にはこんなことが書かれていた。
『女性を絶対に落とす方法、その1。吊り橋効果を利用しよう! ドキドキを体験すると、そのドキドキが好意によるものだと錯覚しちゃうかも!』
吊り橋効果とはこういうものだ。
ある心理学者が実験をした。
吊り橋を用意して、男性に橋をわたってもらう。橋をわたった先に、女性が立っており、その女性は橋をわたった男性にアンケートをする。
そして、最後に女性は「アンケート結果に興味があるなら、後日電話をください」と言い、電話番号を渡す。
すると、ほとんど男性が女性に電話をしたのだ。
なお、吊り橋を渡っていない男性にも同様のアンケートしたが、この場合、ほとんどの男性が電話をしなかった。
この事から、揺れる吊り橋による緊張のドキドキと恋愛感情によりドキドキを脳が誤認したことがわかるといわけ。
この吊り橋効果を意図的に利用しようってのがこんな作戦だ。
椎名に怖い思いをさせて、「もしかして、私忠仲さんのこと好きかもしれない……!」と思わせたら、オレの勝ち。
その舞台となるのは、ここ映画館。
「それで、なんの映画を観るんですか?」
パンケーキを食べた後、自然な流れで椎名を映画館に連れ出すことに成功していた。
「あぁ、それなんだか前から観たい映画があってだな、これなんだが」
「ふーん、ホラー映画ですか」
椎名がポスターを観てそう口にする。
このホラー映画で吊り橋と同じドキドキを演出しようってわけだ。
くくくっ、すでにオレの仕掛けた罠にかかっているというのに、よくそんな間抜け面でいられるな。数時間後には、もうオレに虜になっているとも知らずに。
「忠仲さん、早くしないと上映が始まっちゃいますよ」
「あぁ、悪い今行くよ」
そう言って、オレたちは受付の人にチケットを手渡した。
巨大なスクリーンに突如として化物が映し出される。同時に、化物に襲われた人の全身が真っ二つに切り裂かれて、血を噴き出す。その上、内蔵とかが飛び散る様が映し出されて、あまりグロテスクだ。
え……、めちゃくちゃこわいんだけど。
なんの前情報もなしに、テキトーに上映しているホラー映画を選んだが、まさかここまで怖いとは。
びっくりさせられたせいで、未だに心臓がバクバクと鳴っている。しかも、目を背けたくなるようなグロいシーンが繰り広げられるし。
まだ映画は中盤にすら至っていない。恐らく、今以上の怖いシーンがこれからも繰り広げられるはずだ。
そう思うと、全身が小刻みに震えた。
ちらりと、隣に座っている椎名を観る。暗いせいで、どう思っているのか表情まで読み取れない。
「なぁ、椎名帰らないか……?」
オレは小声でそう伝えた。
すると、彼女は「え?」と呟く。
「まさか、怖いんですか?」
普段ならかっこつけてそんなことないと否定するところだが、今はそんな余裕すらなかった。だから、オレは首肯する。
「イヤですよ。最後まで観ないと消化不良のままじゃないですか」
そんなぁ、と思わず悲鳴をあげたなくなる。すると、彼女はため息をつきながら、こう口にした。
「ほら、手を握っていてあげますから我慢してください」
そっと手を握られる。彼女の手は温かくてなんだかむず痒い。
「――ッ!!」
あれ? なんかめちゃくちゃ椎名がかっこよく見える。まるで王子様みたいだ。
◆
あぶねー、あと少しで椎名のこと好きになってしまうところだった。
いや、別にオレが椎名のこと好きになってもかまわないんだが、この吊り橋効果で好きになるのはなんか違う気がする。
「思っていたよりもおもしろかったですね」
映画館を出た椎名がそう口にする。
「こ、こわくはなかったのか……?」
「もちろんこわかったですけど、緊張感があって終始目が離せませんでした」
このお嬢様、度胸まであるのかよ。
「あの、忠仲さん」
「おう、どうした?」
改めてなんだろう? とか思う。
「いい加減手を離してくれませんか?」
そういえば、手を繋いだままだったな。
「あの、椎名さん、もう少し手を繋いでいてほしいのですが」
「えっと、理由を聞いても良いですか」
「その、まだ心臓がバクバク鳴っていて、せめて心が落ち着くまで手を握っていてほしい……」
自分で口にして情けないと思う。けど、それほどあのホラー映画は怖かった。
「ホント仕方がない人ですね」
そう言って椎名はオレの手を引いてくれる。
なんだかこうして手を繋いでいると、本当の恋人同士みたいだなとか思う。
うっ、そう考えると、少しだけ恥ずかしいな。
チラリと椎名の顔を見る。彼女はいつも通り、絵になるくらいかわいいくて、いつもよりも頼もしい。こんな美少女と、今オレは手を繋いでいるんだよな。
変に意識してしまったせいか、どことなく脈も早くなっているような……。さっきから心臓もバクバクとうるさいぐらい鳴り響いているし。
……いや、勘違いするなよ、オレ。
この胸の鼓動は、さっき観たホラー映画が原因に違いないんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます