―17― 恋人と一緒にスイーツ巡り
今日のデートでなんとしてでも椎名を落とす心持ちでオレは挑んでいた。
なんてことを豪語するば、そんなの無理だと一蹴する人もいるかもしれないが、なんと今日のオレには秘策がある。
それは、昨日インターネットにてたどり着いたサイト『好きな女性の落とし方』だ。このサイトに書かれた方法を実践すれば、椎名を確実に落とすことができるに違いない。
『女性を絶対に落とす方法、その3。一緒においしいスイーツのお店に行こう! 女の子は甘いものが目がないぞ。一緒に甘いものを食べて価値を共有しよう』
記事に書いてあった内容を思い出す。
以前椎名とカフェに行ったとき、コーヒーに大量の角砂糖を入れていたことから、彼女が大の甘党なのはリサーチ済み。
「よしっ、今日はお店やっていた!」
前回、椎名と二人で行こうとして定休日だったパンケーキ屋の前に来ていた。
「この前、椎名も食べたいと言っていただろ。だから、どうしても椎名をここに連れて行きたかった」
「まぁ、たしかにそうは言いましたが」
そう返事をして、彼女は中へと入っていく。
彼女の反応はあまりにも淡泊だった。もっと、喜んでくれると思ったんだが。
「お待たせしましたー!」
それから数十分後、店員が料理を運んできた。
思わず「おぉ」と口に出してしまうぐらい、運ばれてきた料理はインパクトがあった。分厚いにパンケーキの上にクリームやフルーツがふんだんに飾り付けられていたのだ。
写真でみて想像してたのよりも実物のほうが大きいじゃねぇか。
「こ、これは、とってもおいしそうですね……ッ」
椎名の声がどことなく浮かれていた。よくよく見ると目も輝いているような。意外と喜んでもらえたのかな?
「あっ、忠仲さん、まだ食べちゃダメです」
フォークで突き刺そうとして止められる。
「なんでダメなんだ?」
「まだ写真を撮っていないので」
そう言いながら、彼女はカバンからカメラを取り出す。手に収まるぐらいの小さなカメラだが重厚感があり、そこそこ値が張るに違いない。
スマートフォンで写真を撮るのが当たり前になってしまった昨今、わざわざカメラを持ち歩いているなんて珍しいな。
「写真撮るのが好きなのか?」
「いえ、特別好きかというとそういうわけでは。人並みに写真を撮るってだけですね」
「そうなのか」
高そうなカメラを持ち歩いているから、よほどのカメラ好きかと思ったが、そうでもないかな。
「えーと、どうやって写真を撮るんでしたっけ?」
とか言いながら、四苦八苦しているし。カメラを持っているやつの行動とは思えん。
「やっと撮れました」
そう言った椎名の表情はいつものように無愛想だが、どことなく口元が緩んでいるような。
「どこかネットにあげるのか?」
偏見かもしれないが女子は映える食べ物を写真にとってはインターネット上にあげるイメージがある。
「いえ、その手のものは詳しくないのでやってはいません。けど、かわいいものは記念に写真に残しておきたいです」
そういうものか、と頷く。
「なぁ、せっかくだし記念に椎名とオレ二人のことも写真にとっていいか?」
「えっ、嫌ですよ」
こいつ、また遠慮なく断りやがって。
「オレもかわいいお前をどうしても写真に残しておきたいんだよ」
「まぁ、そういうことなら仕方がありませんね。かわいく生まれてしまったがゆえの宿命だと思って受け入ます」
やっぱかわいくないやつだな。そんなことを口にしていたら、いつか多くの人を敵にまわしそうだ。
ともかく、許可はもらえたのでオレと椎名二人が写るように写真をとる。なかなか良い感じの写真をとることができた。
そして、ようやっとパンケーキにありつる。
「お、おいしいです……っ」
無表情でいることが多い椎名が目を見開いては堪能していた。確かに、これはうまいな。
それならしばらく夢中になって食べる。
「なんですか?」
ふと、椎名が不愉快だと言わんばかりの表情をしていた。どうやら椎名の表情を見ていたのがバレてしまったようだ。
「いや、随分とおいしそうに食べるなぁと思ってつい見ていた」
「そう指摘されるとなんだか恥ずかしいですね」
「照れることないと思うぜ。椎名の喜んでくれる顔が見られてオレもうれしいしさ」
「忠仲さんがうれしいなら、極力顔には出さないようにします」
「おい、なんでそうなる」
「冗談ですよ」
彼女はそう言ってくすりと笑った。オレもつられて笑ってしまう。
椎名の喜ぶ顔が見られて改めてここに連れてきてよかった。ありがとう、恋愛攻略サイト。
「椎名の笑っている顔、やっぱすげぇかわいいな」
「……調子いいこと言って、私の好感度を稼ごうとしてます? 残念ですね、かわいいって言われて慣れているので今更、言われてもなんとも思いません」
ちっ、こういうとこはやっぱ抜け目がないというべきか。まぁ、好感度を稼ごうという目論見があったのは否定はできないが。
ともかく、甘い食べ物でご機嫌をとるという作戦はうまくいったみたいだ。
そろそろ次の作戦へ移行する頃合いか。
『女性を絶対に落とす方法、その4。相手の趣味を知ろう。相手の趣味を知ることでお互いの関係性がアップすること間違いなし!』
確か、『好きな女性の落とし方』と題する記事にはこう書かれていたこと思い出す。
そもそも椎名のことをあまり知らないし、この際根掘り葉掘り聞いてみてもいいかもしれない。
「なぁ、椎名って休日はなにをして過ごすんだ?」
「そうですね……。特になにもしないです」
そんなわけがないだろ。
「えっと、もう少し色々あるだろ。例えば、買い物とかはしないのか?」
「いえ、欲しいと思った物はすでに持っていることが多いので改めて買うことはないですね」
流石、財閥のお嬢様。想像の上をいきやがる。
「なら、例えば暇なとき動画を見たりはしないんか?」
「いえ、あまりそういうのは詳しくないので」
そんなわけあるかい。今どきの人類は暇なとき動画を観るんだよ。
「オレは暇なとき、よく動物の動画を観たりするんだが」
「動物ですか……」
「あぁ、定番だけど猫の動画なんかはよく観るな」
「猫さん……!」
「えっ?」
今、椎名のやつ猫のこと『猫さん』とわざわざさん付けしたよな。しかも、舌足らずな言い方だったので『猫さん』というよりかは『猫しゃん』だった。
「い、今のは気にしないでください」
自分でも気がついたらしく、頬を赤らめながらそう口にする。その反応含めて、ちょっとだけかわいいな、おい。
「例えば、こんな動画を観るんだが」
そう言いつつ、スマートフォンで猫の動画を映す。
「こ、これは癒やされますね……」
とか言いながら、彼女は食い入るように動画を観ていた。
どうやら椎名でもかわいい猫の前にはメロメロのようだ。とはいえ、こんな家に帰っても観られる動画でせっかくのデートの時間を潰すのは惜しい。そう思ったら、切りのいいところで動画をきってスマートフォンをしまう。椎名は名残惜しそうに、その様子を見ていたいが気にしない。
もう少し、椎名のことを深掘りしたい。
「なぁ、料理はうまいけど、趣味で作ったりはしないのか?」
「料理は花嫁修業で習っただけなので、趣味かと言われると違う気がします」
「そうなのか。そもそも花嫁修業ってなんだよ? 普通はそんなことしないだろ」
「あなたと結婚するために必要だとお祖父様がおっしゃって、使用人から教わることになりました」
使用人って、椎名の家には使用人がいるのか。つくづくお嬢様だな。
「でも、オレと結婚するのは嫌なんだろ。だったら、花嫁修業も嫌だったんじゃないか?」
「内心嫌でしたよ。でも、なにごとも経験だと思って諦めてました」
「それで、あれだけ家事をこなせるようになるのはすごいな」
「別に、大したことではないと思いますけど」
「そんなことはないと思うけどな」
うーん、椎名の趣味について深堀できたかというとそうでもないような。
これ以上、彼女に趣味を聞いても深堀できそうな気もしないし。まぁ、オレ自身趣味がなにかを聞かれたら困るし、その点は似たもの同士かもしれないな。
「なぁ、これからも二人でいろんなところ行ってさ、今日みたいに美味しいものを食べに行ったりしようぜ」
それを二人の趣味にできたらいいなぁ、とか思ってみたり。
「おいしいものを食べるのは嫌いではありませんが……」
椎名は肯定とも否定ともとれるような曖昧な表情をしていた。やはりオレと行動を共にすることに抵抗があるようだ。なにが引っかかっているのか、原因がわかれば対処のしようもあるんだが。
「なぁ、椎名の好きな男性のタイプとかないのか? もしあるなら教えてくれ」
ふと、そんなことを聞いてみる。できる限り彼女の理想に近づきたい。
彼女は「そうですね」と口を開いた。
「誰よりもかっこよくて頭もよくて運動もできて人望もある完璧な人ですかね」
「どれもオレにはないやつだな」
「えぇ、だからあなたとは結婚してあげません」
そう言って、椎名は鼻で笑う。
やっぱ、腹立つやつだよな、
「なぁ、もっと他に、オレでも可能性がありそうなやつはないのか?」
「……そうですね、あと1つ絶対にこれは外せないなってやつがあります」
「そういうのを教えてくるよ。なんだ?」
「なによりも優先して私のことを一番大事にしてくれる人ですかね」
その答えはあまりにも意外だった。
普通、そんなことを恋人にもとめない。たって、恋人を優先するなんて、当たり前のことなんだから。
「そんなのでいいのか?」
だからオレはそう尋ねていた。
「忠仲さんは私を一番大事にしてくれるんですか?」
「そりゃあ、もちろん。オレは椎名が一番大事だよ」
「疑わしいですね」
迷いなく肯定したのに、彼女は不審げな眼差しでオレのことを見つめてくる。
「あなたが私とこうして一緒にいるのは、所詮お金のためじゃないですか」
うっ……それを言われると、否定はできない。とはいえ、肯定するわけにはいかないのだが。
「オレは本心から椎名のことが好きだと思っているよ」
例え嘘だとしても、オレはこう言い続けるしかない。もちろん、いつかはこの嘘が本当になればいいと願ってはいるが。
「そんな言葉信じられないですよ。だって、あなたには私よりも大事な幼なじみがいるじゃないですか」
そう彼女が言葉を発して、オレは目を見開く。まさか、椎名がそんなことを気にしていたなんて思いもしなかった。
「寧々はそんなんじゃないよ。本当にただの幼なじみだ」
どうすれば、この言葉を理解してくれるか、オレにはわからなかった。
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