―13― かけがえのない時間

「なんで、みんなの前でつきあっているなんて言ったんだ?」


 階段裏にて、オレは椎名にそう質問をしていた。


「もしかして、怒っていたりします?」

「いや、別に怒ってはいないが。けど、わざわざ無用な注目を浴びる必要はなかったと思う」


 そう言うと、椎名は「はぁ」とため息をした。ホントに察しが悪いお馬鹿さんですね、と。


「これから、私たちのお弁当は毎日かぶるんですよ。その度に、なんて誤魔化すつもりでいたんですか? だったら、つきあっていると説明するしかないじゃないですか。それとも、借金があって婚約していて、なんて本当のことを説明するつもりでいたんですか?」

「あ、あぁ……本当のことを説明するわけにはいかないな」


 確かに、椎名の言うとおりだ。

 今日誤魔化すことができたとしても、明日誤魔化せるとは限らない。だったら、つきあっていると嘘をつくしかないような……。


「だが、椎名はいいのか? オレとつきあっているって、クラスの連中に思われたら迷惑じゃないか?」

「ん……? 質問の意図がよくわからないです」

「いや、だからさ、オレみたいなやつとつきあっていると思われたら心理的に嫌じゃないのか?」

「別に嫌ではないですよ。それに、あなたとつきあっているってことにしたほうが、他の男子から告白されるたびに断る理由を探すのが楽になりますからね。私にもメリットがあります」

「そうか、それならよかったよ」


 そう安堵をするものの、椎名はなにか気に入らないことがあるとはがりにジト目でオレのことを睨み付けていた。


「なんか、忠仲さんっていつも自己評価が低い傾向がありますよね。それって、あの幼なじみのせいでそうなったんじゃないんですか? 正直、見ていて気分を害されます」


 椎名の主張にオレは虚を突かれる。

 彼女の言う幼なじみってのは寧々のことだろう。寧々のせいでオレは自己評価が低いのだろうか? そんなこと意識したことなかったため、よくわからない。


「いや、そのだな……椎名はオレのこと嫌いだろ。嫌いなやつとつきあっていると思われるの嫌なんじゃないかな、と思っただけなんだが」


 だから、オレの自己評価が低いという椎名の評価は的外れのはず……たぶん。

 すると、椎名は呆れたとばかりにため息をしたと思ったら、オレのことを手招きして階段に座るよう指示をする。

 そして、椎名自身もオレの隣に腰をおろして、その上オレの肩に寄りかかってきた。途端彼女の毛先から仄かないい香りが漂ってくる。

 えっと、これはどういうことだろう?


「忠仲さん、確かに私はあなたのこと、好きか嫌いかと問われたら嫌いと答えます」


 やっぱりオレのこと嫌いじゃないか。


「けど、ここ数日、あなたと一緒に暮らして少しだけあなたのこと見直したのも事実です」

「それはどうも」

「本当に忠仲さんは、私の心を仕留めたいんですよね」

「あぁ、それはもちろん」

「だったら、今から私が言うことを肝に銘じてください」


 そう前置きをしてから、彼女は口を開いた。


「あなたがあなたを好きじゃないのに、私があなたを好きになれるはずがないじゃないですか。だから、まずは自分を好きになってください」


 彼女の言葉を聞いて、なんとも形容し難い感情にかられた。

 オレは陰キャでコミュ症でこれといった特技もない。なんて自覚していることを彼女は見抜いていたのかもしれないな。


「ありがとうな、椎名。オレがんばるよ」


 彼女なりに激励してくれたんだってことわかる。だったら、期待に応えなくてはな。


「別に、あなたががんばろうが、そうでなかろうが、私にとってはどうでもいいことです」

「そうだったな」


 オレはそう言って笑う。

 なんだか彼女とこうして二人っきりでいる時間が、自分の中でなんだかかけがえのないものになっていくような、そんな予感がした。



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