―11― いつもと違う朝
オレの朝は早い。
オレには家事がまるっきりできない幼なじみがいるから。
今日も今日とて、朝の支度を始めようと台所へ向かった。
「ん?」
というのも、今日はいつもと違う光景が広がっていた。
「おはようございます。あなたも随分、朝が早いんですね」
そこにはいつもオレが使っているエプロンを身にまとった風不死椎名の姿があった。
「おはよう」と返事をしながら、台所の様子をうかがう。
「食材、勝手使わせてもらいました。別にかまわないですよね」
「あぁ、それはいいんだが……」
えっ、めっちゃ手の込んでいる朝ご飯を用意しているじゃん。オレの用意する朝ご飯はこれよりもずっと簡素だ。
「本当に料理ができるんだな……」
そう言葉にするも、少し信じられない。
「だから言ったじゃないですか。花嫁修業はすでに終えているって。お爺様の命令で一通り学んだんです」
あれって本当だったのかよ。てっきり冗談かと。
「その、なんで花嫁修業なんかしたんだ?」
そんなの決まっているじゃないですか、と彼女は言う。
「あなたと結婚するためですよ」
「――ッ!!」
彼女の言葉を聞いた瞬間、オレの心臓が跳ねたのを自覚した。
女子高生が自分の家で、家事をしている姿って、こんなにも心が躍るシチュエーションだったんだな。
「ともかく、今日の朝ご飯は私が作りますから、あなたはなにもしなくていいですよ」
そう椎名は言うものの、いつも朝ご飯を用意するのが習慣なだけに、なにもやるなと言われても、手がわさわさして落ち着かない。
「なぁ、こっちの食材はなにに使うんだ?」
ふと、朝ご飯とはわけて置かれている食材があることに気がついた。
「あぁ、そっちはお弁当用です。あなたがお昼ご飯のとき、お弁当を食べているのは知っていましたので」
そっか。地味にオレのことを観察していたんだな。
「それにお弁当箱も二人分ありましたので、ちょうどよかったです」
そう言いながら、椎名は二つのお弁当箱を指差す。
あ……、大事なことを忘れていた。
「あの、椎名。実は、もう一人分多めにご飯を用意してなくていけないんだ」
◆
「あなた、幼なじみの家事も負担していたんですか」
説明を終えると彼女はそう感想を漏らす。その目は呆れたと語っていた。
「幼なじみなんて所詮他人ですよね。あなたが彼女の家事を負担する理由なんてないと思いますけど」
「そうはいってもな。あいつはオレがいないとダメなんだよ」
「……わかりました。ひとまず、今日のところは彼女のぶんも用意しますよ」
「わ、悪いな。その、今から一人分増やすの大変じゃないか?」
「あなたが謝る必要はありません。あと、一人分増やすぐらいならそこまで苦じゃないです」
それからオレはタッパに寧々とオレの分の朝ご飯をつめていく。「このタッパが弁当箱の代わりになりそうですね」と、椎名もタッパに食材をつめていた。
「あとは任せてもいいか?」
一通り準備を済ませたオレは恐る恐るそう尋ねる。
「わかりました。あとは任せてください」
「ありがとう」
そう返事をして、寧々のところへ向かった。
◆
寧々の部屋にたどり着くと、オレはまっさきにインターホンを押す。どうせ反応はないんだろうな、と結論づけて、合鍵を鍵穴に差し込んだ。
あれ? と、違和感を覚える。
どうやら初めから鍵がかかっていなかったようだ。
寧々のやつ鍵をかけ忘れたのだろうか。不用心なやつめ。
「おはよ、奏生」
目を疑った。
玄関を入ると、廊下の先から寧々が現れたのだ。
「おはよう、起きているなんて珍しいな」
未だかつて寧々が起きた状態で出迎えたことなんて一度だってなかった。いつも、寧々はベッドの上でだらしない姿勢が寝ていて、何度起こしたって彼女は簡単には起きてくれない。それが、七皆寧々だったはずだ。
なのに、今日、彼女はオレが起こすより先に起きていたのである。
本来なら起こす手間が省けたと喜ぶべきなんだろうが、オレは気味が悪いと思ってしまった。まるで不吉なことが起きる前兆なんじゃないかと、そんな予感がしたのだ。
「昨日あまり寝付けなくて」
寧々はボソリとそう呟く。
たしかに、彼女の目はわずかに充血していて、それがあまり眠れなかったことを窺える。
「その、大丈夫なのか? 学校に行くことはできるのか?」
「別に気分が悪いわけじゃないから」
まぁ、そういうことなら恐らく大丈夫なんだろう。
それからいつものように、彼女の着替えを朝ご飯を食べながら待って、彼女の髪を梳かしてやる。
けど、寝付けなかったせいか、寧々はどことなくテンションが低かった。
いつもより余裕をもって身支度が終わってしまったな。とはいえ、いつもの時間になるまでダラダラ待っていても仕方が無いし、今日は早めに家を出よう。
といっても寧々と登校する時間をずらす都合上、すぐに学校へ向かうことはできないのだが。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「いってきます」
寧々といつものやりとりをして、彼女が視界から消えるのを待っていた。
「一緒に登校しないんですね」
「うおっ、って椎名か。びっくりさせるなよ」
椎名がオレの後ろから突然現れたのだ。
「オレと一緒に登校して変な噂が立つと困るだろ」
わざわざ時間差をつくる理由を説明する。
「ふーん」と納得したのかどうかわからない表情で、椎名は頷く。
「それじゃあ、忠仲さん、一緒に学校へ行きましょうか」
「お前は気にしないのか?」
ふと、オレがそう聞いてみると、「質問の意図がわからないんですが」とでも言いたげな表情をしてから、あぁ、と彼女は納得する。
「私は噂なんてくだらないもの気にしませんよ。それに、昨日散々あなたが私にアピールしたせいであれだけ目立ってしまったというのに、今更そんな小さなこと気にしても仕方が無いと思いますが」
確かに、彼女の言うとおりではあるな。
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