―10― ノーパン事変
「タオルはこれを使ってくれ。誰も使っていないやつだから」
「ありがとうございます」
夕食後、風呂の案内をしていた。
さっき妹のアキが風呂場にあがったばかりで、次は椎名の番。タオルを渡すと、彼女は洗面台の扉を閉める。
「あ、忠仲さん」
「なんだよ?」
わざわざ一度閉めた扉を再び開けて顔を覗かせている。
「念のため言っておきますが、中を覗かないでくださいね」
「オレをなんだと思っているんだよ」
「変態かと」
「別に、お前の裸を見ようだなんてこれっぽちも考えてないから安心しろ」
「………………」
「その目はオレのこと一切信用していないな」
「よくわかりましたね」
真顔でそんなこと言うなよ。
「そんなにオレのことが信用ならないなら、風呂入るのを諦めたらどうだ?」
「流石にそういうわけにはいきません」
そう言って、彼女は扉をしめた。
はぁ、なんだこのやりとりは。疲れるな。
それからオレは自分の部屋に籠もって勉強をする。
数十分後。
「あのっ、忠仲さんっ!」
オレを呼んでいる声が聞こえてきた。なんだか焦っているような。
「どうしたんだ?」
そう言いながら向かうと、彼女は洗面台の扉をわずかに開いて、目だけを覗かせていた。その髪は湿っていて、お風呂上がりなんだってことを思わせる。
「か、替えの、パンツを……用意するのを忘れました」
あぁー、なるほど。それは一大事だな。
「アキに頼んで持ってこさせるよ」
流石に異性のオレがパンツを持っていくわけにいかないからな。
「あの、アキちゃんはもう寝ているのでは?」
「まぁ、そうだが」
アキは疲れてしまったようで髪をかわした後寝てしまった。
「だから起こしてくるよ」
「そ、それは流石に申し訳ないですよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「…………」
椎名は押し黙る。悩んでいるのだろう。
「だったら、すでに履いていたパンツを我慢して履いたらどうだ?」
一度履いたパンツを再度履くのは抵抗はあるが、まぁ短時間なら我慢できるだろ。
「そういうわけにはいきません」
だが、椎名はオレの案を却下した。
「その、パンツを手もみで軽く洗ってしまおうと水につけてしまいました」
なるほど、確かにびしょ濡れのパンツを履きたくないな。
「だったら、オレにパンツを持ってくるようお願いするか、パンツのある場所まで裸で取り行くかのどちらかだな。まぁ、どちらの選択もお前にとって屈辱的かもしれないが」
「い、いじわるな言い方しないでください……っ」
椎名は恥ずかしいのか頬を赤らめながら、目を吊り上げていた。
いつも澄ました顔をしている椎名がこんな表情をするなんてレアだな。もっと虐めたくなる衝動にかられるが、流石にかわいそうだし我慢をせねば。
「それで、どっちにするんだ? 早くしないと風邪引くぞ」
「じ、自分で取りに行きますので、忠仲さんは部屋から出ないでください」
「了解した」
そんなわけで部屋に閉じこもる。
引っ越してきた椎名は荷物を段ボールにつめて我が家に運んできたわけだが、一部は開けたもののその多くはまだ段ボールとなって積み上げられている。
椎名が開けた段ボールの中にパンツはなかったので、まだ段ボールの中に眠っているのだろう。
「あの、忠仲さん」
扉越しに椎名の声が聞こえる。
「みつかったか?」
「ど、どこにもありませんでした……」
「……は?」
「どうやら、パンツを入れていた段ボールを送るの忘れてしまったみたいです」
え? そんなことある?
「予備のパンツはないのか? ここに来る前にホテルで寝泊まりしてたんだろ。だったら、予備のパンツをカバンに入れてあるだろ」
「捨ててしまいました……」
え……?
「その、旅行するときは帰りの荷物を減らしたいので、古くなったパンツを持っていっては捨てていくのです」
な、なるほど……そんな発想オレにはなかったぜ。
「それじゃあ、今、履けるパンツは一枚もないと……?」
「は、はい……」
マジかよ。
◆
「あの、忠仲さん。ジロジロこっちを見ないでください」
目の前には、風呂上がりの椎名がいた。
ぶかぶかのTシャツに布製のショートパンツを履いている。恐らく、この格好でいつも寝ているんだろう。
そして、今、椎名はパンツを履いていない。
「パンツ履いてないやつがなんか言ってるな」
「いじわるしないでくださいよぅ~~~ッ」
涙目で顔を赤らめながら抗議してくる。やっぱ、いつも勝ち気なお嬢様をからかうのは楽しいな。
「ともかく、ここから歩いて行ける距離にあるお店に行けばパンツが売ってあるだろうから、今から買ってくるよ」
「それって、忠仲さんが私のパンツを選ぶってことですか?」
「まぁ、そうなるな」
女性ものの下着を買うのはめちゃくちゃ恥ずかしいが、仕方があるまい。椎名はというと、なにか悩んでいるようで「う~」と唸っていた。
「私も一緒につれていってください……!」
「いいのか?」
「だって、男の人にパンツを選ばせるの恥ずかしいじゃないですかっ」
「でも、ノーパンで外を出歩くのも恥ずかしくないか?」
「そっちも恥ずかしいですけど……っ!!」
まぁ、オレとしても一人で女性もののパンツを買うのは恥ずかしいので、来てくれたほうが助かる。
「それじゃあ、一緒に行くか」
◆
「あ、あの……もう少しゆっくり歩いてください」
「あぁ、悪い」
そう言って歩くペースを落とす。
決して速く歩いてはいないんだが、とか思いながら椎名のほうを見る。彼女はオレの服の裾を掴みながら、小さな歩幅で歩いていた。
思わず彼女の下腹部へ視線を落とす。もぞもぞと居心地悪そうにしていた。そうか、こいつ今ノーパンなんだな、とか改めて思う。確かにこの調子ならもう少しゆっくり歩く必要がありそうだ。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですから、私のことは気にしないでください」
その表情はどうみても大丈夫ではなかったが、つっこんだところで認めないだろうし「そうか」とうなずいておく。
「あの、忠仲さん……」
「なんだ?」
「内心私のこと馬鹿にしていますよね……?」
「え?」
突然なにを言いだすんだこいつは。
「だって、こんな惨めな醜態を晒してしまって。今の私には尊厳も誇りもなにもないんですよ」
パンツ一枚で大げさな。
とはいえ、今日の椎名を見て、正直な話……、
「ドジだなとは思ったな」
「やっぱり馬鹿にしているじゃないですかっ」
「まぁ、でも、意外とかわいい一面もあるんだなとも思ったかな」
フォローするつもりでそう言う。
これまで椎名はかわいげのない気に入らないやつだとしか思っていなかったが、その印象を変える必要がありそうだ。
「かわいいですか?」
どうにも俺の言葉を納得できていないようだ。とはいえ、なんでかわいいのかを説明するのは、非常に照れくさいが仕方あるまい。
「弱みを見せられたから守ってやりたいと思うだろ。それがかわいいってことだ」
「……なるほど。でも、こんなことをしなくても、私はいつもかわいいです」
だから、そういうところがかわいくないんだよ。
◆
「……お待たせしました」
お店のトイレからでてきた椎名がそう口にする。
「よかったな。無事パンツをはけて」
「うぅ……」
椎名は苦悶の表情を浮かべていた。
無事パンツを購入できた椎名はさっそくお店のトイレに籠もり履いてきたというわけだ。
「その、ありがとうございます、忠仲さん。わざわざつきそってくれて」
「あぁ、いや、別にこのぐらい大したことないだろ」
「例え大したことがなくても、お礼を言わない理由にはなりません」
「それは確かに、そうだな」
椎名の言うことはもっともだった。
ともかく無事にパンツがはけてなによりだった。
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【あとがき】
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