―09― 一つの屋根の下ですること

 明日も学校があるため、カフェで長居するわけにもいかず、頃合いをみて帰ることにした。


「なぁ、椎名の家はどこにあるんだ? 時間も遅いし家まで送るぞ」


 どこに行こうと電車に乗る必要があるし、まずは大体の場所を聞かないと。


「あなたの家に行きます」

「どゆこと?」


 脈絡のない発言に首を傾げる。


「まさか、そんなことも説明しないとわからないんですか?」


 彼女は呆れた表情をしていた。

 数秒ほど考える。男女が同じ家に行ってすることといえばなんだ? はっ!? まさか、そういうことなのか!

 頭の中に浮かんだのはピンクの情景。確かに、椎名に説明に求めたのはあまりにも無神経だった。

 でも、そうか、ついにオレにもこの日が来てしまったのか。お母さん、生んでくれてありがとう!!


「お兄ちゃん! なんか家にね、たくさん荷物が届いたんだけど!?」


 家に帰ると、妹のアキが慌てた様子でやってきた。


「あら、どうやら無事に届いたみたいですね」

「……え?」


 やばい、状況を全く把握できないんだが。


「あのう、風不死さん、この荷物はいったいなんなのでしょうか?」

「え……、これを見てもわからないんですか?」 

「うん、さっぱりわかりません」


 椎名は侮蔑を込めた表情でため息をしてから、こう口にした。


「今日から私、この家に住むことになりますので、よろしくお願いします」


 えぇえええええええ!? と、オレとアキは一緒になって叫んだ。


 オレと椎名にくだされた折衷案はこういうものだった。

 一定期間一緒に過ごして、お互い気に入るかどうかを見極めろ。

 まさかそれが、一つ部屋の下で暮らすってことだとは思わなんだ。とはいえ、これが結婚生活のシミュレーションを兼ねていると思えば、納得ができないこともない。

 一般的にみても、結婚する前に同棲生活をして不満がなかったら結婚をするというのが当たり前だしな。


「お兄ちゃん、なにがいったいどうなっているの?」


 荷解きを手伝っているのに、アキがさっきから肩を何度も叩いてくる。まぁ、なんの事情も知らないアキが混乱するのは当然か。

 そんなわけで説明する。

 それも懇切丁寧に。


「そうなんだ……」


 全てを聞き終えたアキは頭を抱えていた。確かに、将来の懐事情が椎名の一存で決まると聞かされたら頭を抱えたくなるだろうな。


「まぁ、そういうわけだからさ、アキも協力してくれると助かる」

「うん、わかった……」


 返事をした声のトーンがどことなく低いような。


「なんか気になることがあるなら言ってくれ」

「えっと、てっきりお兄ちゃんは寧々ちゃんと結婚すると思っていたから」


 だから、残念だと。

 慌ててオレは椎名のほうを振り向く。彼女は懸命に荷解きをしていた。よかった、どうやら聞かれてはいないようだ。


「なぁ、アキ。椎名のいる前で、同じことを絶対に言うなよ。もし聞かれたら、不機嫌になるかもしれないだろ」

「うん、わかった。気をつける……」


 彼女は落ち込んでいたが、ひとまず納得はしてくれたようだ。



「椎名は、この部屋を使ってくれ」


 物置になっていた部屋を整理して、椎名に使わせることにした。まだ荷解きを終わっていないが、流石に今日はもう現界だ。


「時間も遅いし、宅配ピザでも注文するか」

「わーい、ピザだ。やったー!」


 アキが諸手をあげて喜ぶ。かわいいやつめ。


「ねぇ、いつも夕ご飯どうしているんですか?」


 と、椎名が尋ねてきた。


「いつもオレが作っているよ」

「毎日……?」

「基本はそうだな。疲れたときは弁当やお惣菜で済ませることもあるが」

「他の家事はどうしているんですか?」

「基本はオレが全部やっているけど、アキもけっこう手伝ってくれるぞ」


 実際、アキのおかげで随分と楽をさせてもらっている。本当はアキには勉強やら遊びやらをさせたいので、家事を手伝わなくていいと何度も言っているのに、「アキもお兄ちゃんの役に立ちたい」と言って手伝ってくれるんだよな。ホントよくできた妹だ。


「そういうことですか。では、明日からは役割分担にしましょう。私も家事を手伝います」


 椎名の主張に思わず失笑してしまう。


「家事と無縁の生活を送ってきたであろうお嬢様が家事を手伝うだって。冗談にもほどがあるな」


 椎名は財閥のお嬢様だ。そんなお嬢様は家事なんかと無縁の生活を送ってきたに違いない。

 椎名に家事を手伝わせた結果、ことごとく失敗する様が容易に想像できてしまう。


「それは、お嬢様に対する偏見ですね。家事なんてできたからって、誇れるものじゃあるまいし、訓練すれば誰だってできるようになります」


 流石にそんなことはないだろう。なんせ、家事がまるっきりできない人物に心当たりがあるからな。

 オレが彼女の家事スキルを信用していないことが伝わったようで、彼女は「それに」と言葉を付け加える。


「こうみえて花嫁修業はすでに履修済みなんですよ」


 その言葉の意味を理解するには、明日を待つ必要があった。


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