お子ちゃま戦争
「私のビスケットが、無い……!」
付き合いが長くなればなる程、喧嘩の原因と言うものは、それはそれは、しょーもないものになる。
私達二人も、例外では無かった。
お菓子を仕舞っている、ダイニングのチェストの引き出しを、夕飯後に開けると、
楽しみに取っておいた、私の大好物のビスケットが、無くなっていた。
しかも、袋にマジックで、「
二人暮らしで、こんな事をする犯人は、私以外に、一人しか居ない。
私は、リビングで、のほほんとテレビを観ている同棲相手に、ずかずかと詰め寄った。
「
「え?うん、食べたけど」
しれっと言うな!
何、当たり前の様に食べてんのよ!
「アンタさぁ!」
「もー、煩いなー。又、買って来れば良いだろ?」
「そーゆー問題じゃ、無いでしょ!?」
「はいはい、ご免ってば。
明日、仕事の帰りに、買って来るよ」
実は、面倒臭そうに話を切って、視線をテレビに戻す。
駄目だ、全く反省の色が無い……!
「もう、怒った!
私、明日から、ご飯作るの止める!」
「はぁ!?」
今度は、実が声を上げる番だ。
「何、言ってんの!?
毎日、杏子に、朝晩、作って貰ってんのに!
俺、料理なんか、作れないよ!」
「もう、決めた!
アンタが反省する迄、私、ご飯担当を、ボイコットする!」
「えぇ~~!?」
こうなったら、徹底抗戦だ。
音を上げて、実の方から泣き入れて来る迄、ご飯、作ってあげないんだから!
~1日目~
「う~、疲れた。只今ぁ」
仕事帰りにスーパーに寄って、お肉と、野菜と、惣菜(一人分)と、
お気に入りのビスケットを買い足した。
帰宅した私は、パックの惣菜を開けて、炊飯器で炊いたご飯と、胡瓜の浅漬けと一緒に、夕飯にする。
実は、自室に篭っているのか、夜になってもキッチンに姿を見せない。
外食したか、ウー●ーイーツでも取ったかな?
それとも、コンビニ飯……?
これを機に、料理男子に目覚めてくれると、私も助かるんだけど。
彼氏の実とは、同棲して、もう、数年になるけど、こんな激しい喧嘩するのって、久々かも……?
朝、仕事に出る時間はバラバラだし、寝る部屋は一人ずつ個室だから、
今日は実と、一日、顔を合わせず終いだった。
~2日目~
「只今~」
仕事から帰った私は、自分の分だけ、ささ身を茹でて、
副菜と、炊飯器のご飯と一緒に、夕飯にした。
実は、今夜も、キッチンに姿を見せない。
私は、彼と顔を合わせない儘、自室で床に就いた。
~3日目~
「只今~」
仕事から帰った私は、自分の分だけ、ハンバーグを焼いて、
副菜と、炊飯器のご飯と一緒に、夕飯にした。
実は、今夜も、キッチンに姿を見せない。
私は、彼と顔を合わせない儘、自室で床に就いた。
~4日目~
「只今~」
仕事から帰った私は、自分の分だけ、塩麹で漬けた胸肉を焼いて、
副菜と、炊飯器のご飯と一緒に、夕飯にした。
実は、今夜も、キッチンに姿を見せない。
私は、彼と顔を合わせない儘、自室で床に就いた。
~5日目~
「只今~」
仕事から帰った私は、自分の分だけ、唐揚げを揚げて、
副菜と、炊飯器のご飯と、と一緒に、夕飯に
……しようとしたけど、5日経っても、夜、キッチンに現れない実が、心配になって来た。
お互い、仕事のスケジュールが区々だから、二人の都合が合う日の夕飯は、私達の貴重な憩いの時間だった。
5日も顔を合わせてないなんて、同棲を始めてから、異例の事態だ。
実、ちゃんと、ご飯食べてるかなぁ?
コン、コン
「実?」
私は、彼の部屋のドアを、ノックした。
返事は無いけど、鍵は開いている。
「……入るわよ?」
私は、そーっと、部屋に足を踏み入れた。
「!?」
そこには、見るも無残に痩せこけた、パートナーの姿があった。
チャームポイントのぷっくり頬っぺも、すっかり痩けてしまって、見る陰も無い。
実は、ベッドに倒れていた。
「実!しっかりして!」
私は慌てて、彼を抱き起こす。
元から色白だった顔色が、最早、青白い。
こんな体で、仕事、行ってたの!?
「何で、こんなになる迄、ご飯食べなかったの!?」
「……だって……、杏子のご飯以外、美味しくないんだもん……」
「馬鹿……!」
私は、ガリガリに痩せ細った彼を、ギュッと抱き締めた。
この5日間の、自分の大人気無さを、心底、後悔した。
「お代わり!」
ダイニングで、自分用に揚げた唐揚げと、大根サラダ、ご飯を、実に食べさせる。
「はいはい。本当、よく食べるわね」
「だって、杏子のご飯、美味しいから!」
そう言われると、私も悪い気はしない。
「たっぷり作ったから、お腹一杯、食べて!」
「やったぁ!」
彼は、美味しそうに、唐揚げとご飯を頬張る。
血色も良くなり、肌がツヤツヤしている。
ぷっくり頬っぺも、元通りだ。
「実、私が、ご飯作りボイコットしてた間、
本当に何も、食べてなかったの?」
食後にキッチンで、皿を洗いつつ、聞いてみる。
「いや、流石にそれじゃ、餓死するから。
昼間、仕事中は、外食してたし、
夜、家に帰ってからも、適当にお腹に入れてたよ。
同じ物ばっかり食べてたから、飽きちゃったけど。
当分、甘い物はいいや」
彼は、背中から私に、ぎゅう、と抱き付き乍ら答えた。
「そうなの?」
まぁ、何なりと食べてたんなら、良いけど。
「ふぅ、やれやれ」
さてと、洗い物も済んだし。
実も、すっかり元気になったし。
何だか、安心したら、私も、甘い物でも欲しくなって来たな。
おやつでも摘まむか。
ダイニングのチェストの、引き出しを開ける。
「あら?」
「私のビスケットが、
根こそぎ、無い……!」
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