幸せの真実

私の髪型は、人生を現しているようだった。

はじめの頃は、王道な髪型を試し、少しアレンジを加える程度だった。

しかし、ある時期から目立ちたい、よく見られたいという意識から、少し変化をつけてみた。

そして私の髪型は完全に道を踏み外し、反抗期がこじれすぎて不良になった年頃の娘のように奇抜で、目の付け難いものになった。

しかし、今は彼氏ができて将来を考えて落ち着いていた。

王道に戻り、毎日ヘアオイルを使用する事もなくなっていた。


しかし、私の中の小さな野望が悪あがきを始めた。

大学時代の経験から黒髪を死守してきた私だか、周囲の先輩や麻理のように1度髪色を変えてみたくなったのだ。

その事を海路に相談した。

「うーん。僕は賛成出来ないな。」

「どうして?私、金髪とか似合うと思わない」

「似合うと思うよ。でも、美容師の立場から言うとブリーチをすると髪を痛めるんだ。光希の綺麗な髪を傷つけたくはない」

「じゃあ、流行りのインナーカラーみたいなのは、部分的なら大丈夫じゃないの」

「ダメだ。光希の髪は大切にしたい。髪は永遠に一緒に生きていくものだ。服は買って捨ててを繰り返す。でも髪は違うだろ!」

後半はかなり語気を荒げていた。私は少し驚いてしまった。

「ごめん。光希、君の事を考えて言いすぎた」

彼は私を抱きしめると、そう言った。

「私こそ、ごめん。髪は染めないわ」

髪型の事で意見がぶつかったのはこれが初めてだった。


そして私の髪型の特集が載った7月号の「RAIN」が発売された。

海路の美容院には1番目立つ所に置かれており、少し恥ずかしかった。

特集の最後には、髪型を監修したとして海路の名前も載っている。

彼はそのことも喜んでいた。

「専門学校以来、連絡がなかった奴らからも連絡が来てさ。お前も有名美容師の仲間入りだなって、それは言いすぎだよな」

満面の笑みでそう語る海路をみて私はやはりこの人が好きだと再確認した。


最近は2日に1度程ヘアオイルを使っている。

夏になりなんとなく短い髪型にして欲しかった。

海路の美容院に向かった。

すると入口から明らかに美容院とは関係ない人物が出てきてぶつかりそうになった。

その男は丸坊主で、大きな袋を方から下げていた。もしかてやばい類の人なのではと不安になった。

「海路。今出ていった人、どういう人」

すると、海路は少し戸惑った様子だったがすぐに答えた。

「ああ、祖父の友人でこの前雑誌に名前が載ってるのを娘が教えてくれたって、わざわざ話に来てくれたんだよ」

「なんだ。安心した。やばい人かと思ったよ。丸坊主だったし」

「確かに、美容院に来るべきヘアスタイルではないね」

そう言って2人で笑った。


週末。

彼は私を海に誘った。

それまでデートといっても私たちの街から遠くに行くことは無かったので、新鮮だ。

一応免許を持っており、今日のために練習を重ねたという海路の運転はとても丁寧で、まるで王様に献上する宝物を運んでいるようだった。

その宝物が私であればいいと願っていた。


到着すると彼は私に大きな帽子を被せた。

「海風と日光は髪に悪い。もちろん肌にもね」

そうして手をとると、私を砂浜に導いた。

そろそろ夕方になるので、人はまばらだった。

近くで家族連れが、帰りの支度をしていた。まだ保育園生くらいの男の子は、帰りたくないと駄々をこねている。

「子供好きなのかい」

海路が、聞いてくる。

「もちろん。結婚したら子供は欲しいかな。2人、男の子と女の子」

結婚なんていうワードを出してしまった。重いと思われるだろうか。

「いいね。きっと光希ならいい母親になれるよ」

私たちはあてもなく砂浜をブラブラと歩いた。水平線に太陽が沈み始めた。


すると、海路がモゾモゾし始めた。

「どうしたの」

なんとなく予想はできていたが。顔を覗いて尋ねてみる。

「そうだな。よし!」

自分を鼓舞するように声を出した海路は、砂浜に膝まづいて、ポケットから小さな箱を取り出した。

「光希!こんな僕で良ければ、一生君の専属美容師として隣にいさせてくれないかな。結婚してください」

もちろん心は決まっていた。

「はい。もちろんです」

「よしっ!やった!」

海路は喜びの声をあげると、海に走っていった。

私も後を追おうとしたが、「光希は濡れちゃダメだ。僕の分しか着替えがない」と笑いながら言っている。

私はその場から微笑み返した。


帰りの車に揺られながら、私は感慨深い気持ちにひたっていた。

過去の例えば、高校時代の部活に打ち込んでいた自分が、こんな素敵なプロポーズを受ける事を予想していただろうか。いや、きっとそんなことはない。

私は、今とても幸せだった。


後日、それぞれの両親に挨拶を済ませ。結婚式の予約をした。

運良く、1ヶ月後に式場が空いていたため、準備は急ピッチで進んだ。

私が1番気にしていたのは、やはり髪型だ。

人生で1度の晴れ舞台。

海路のヘアアレンジで望みたい。完璧なものにしたい。

そのために、ほぼ毎日ヘアオイルを使い放題。長めの髪型で様々なアレンジを試した。

20回程試して、これだという髪型を見つけた時はとても嬉しかったし、海路もほっとしていた。


結婚式前々日の晩。

最後に様々な確認をするために、海路の美容院を訪れた。

入口に入ったが、私には気付かず誰かと電話をしていた。

別に聞き耳を立てていた訳では無いが、海路の声が聞こえてきた。

「今月は少なくてすいません」

少し間を置いて。

「結婚式の前なので、アレンジヘアだと長さが…」

そして、「来月もよろしくお願いします」という言葉で締めくくらめた。

「少ない」「ヘアアレンジだと長さが」よく分からないと思った。

とりあえず、お金関係ではなければいいだろう。

というより、海路がお金で困っている様子はない。

普通におしゃれして、普通に外食に行けるくらいの稼ぎはある。

私もそれで十分だった。


「おっ!光希来てたんだ」

こちらの部屋に来て、やっと気づいたようだ。

「うん。今着いたところ」

「式の打ち合わせだよね。始めようか」

そして、2人の晴れ舞台の念入りな打ち合わせが始まった。


当日は、完璧に進行した。

私の父のスピーチはちょっと泣けたし、海路の高校の友人たちのダンスは笑えた。

麻理がスピーチの途中に突然歌い出し、サビで大号泣してたのもいい思い出だ。

そして何より、私のヘアアレンジは結婚式場のスタッフの方も驚いていた。

両親も喜んでくれた。

これ以上に何を望むだろう。

幸せだった。しかも一時的な幸せではない。

たぶん、一生この幸せが続くのだろう。

そう強く思った。


4年後。

私は2児の母になっていた。

娘と息子がいる。相変わらずヘアオイルでヘアアレンジを楽しんでいるし、海路は喜んでカットしてくれる。

海路は娘と息子の髪質も私に似て綺麗だと褒めていた。

大きくなって、子供の髪を切るのが楽しみだと言っている。

私は隣りいる娘と息子の頭を撫でた。






「これ、今月の分です。お願いします」

「おっ。今月は多いじゃねぇか」

「はい。光希が編集社の仕事でショートヘアのアレンジについて色々考えてるみたいで、髪の量は多いです」

「にしても、西坂良かったな。最高の髪質、ブリーチも縮毛矯正もしてない、しかも例の薬のおかげでウイッグやカツラに必要な人間の髪がこんなに手に入るんだぜ。お互い儲かるな」

この丸坊主の男はとある会社の社員だ。

基本的には、ウイッグやカツラなど人間の髪の毛を使った商品を売っている。

彼の言葉を説明すると、ウイッグやカツラ、ヘアドネーションに使う髪は様々な条件が整わないといけない。

ブリーチをした事がなく、縮毛矯正もなし、ウエーブやうねり、くせ毛もNGだ。その条件を光希は全て満たしていた。


光希を初めて見かけた日、僕は行動を起こした。彼女の買い物袋の中にあの薬の入ったヘアオイルを紛れ込ませた。

さらに、カットをする時は髪を1本でも無駄にしないために、床にシートを引いた、ヘアオイルがきれそうになった時は髪の毛を洗っている間にか彼女のバックにGPSを忍ばせて、住所を特定し、オイルを届けた。

彼女が髪を染めたいと言った時には全力で止めたし、海風や紫外線が当たる状況のデートなどは極力避けた。


そして、ついに生涯の美容師となることに成功した。

光希のパートナーになることで、永遠に良質な髪を仕入れ、売ることができる。

おかげでうちの美容院は客が少ないが儲かってる。


子供の髪質が僕ではなく、光希に似たことは更なるラッキーだ。

子供の髪は高く買い取って貰える。

つまり、僕は金のなる家族を持ったのだ。

しかし、このことは知られてはいけない。

完璧な夫、完璧な美容師を演じて家族に幸せを提供することで、誤魔化すしかないのだ。


しかし、悪い気はしない。

僕の美容院を名前は「ETERNITA」イタリア語で「永遠」を意味する。

仕方がない、生きるためなのだ。

僕は、丸坊主の男から金を受け取った。

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伸びすぎる髪 栗亀夏月 @orion222

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