ヘアアレンジ
美容院から帰り、ぼーっとしているとあっという間に夕方になった。
夕食をたべてすぐに私はお風呂を沸かした。
私はお風呂上がりに例のヘアオイルを塗ると、もう明日のことしか考えられなくなっていた。
楽しみで仕方なかった。
翌朝、しっかりと髪は伸びていた。整えて、ある程度まとめると、朝食をとり、私の編集社が出している雑誌を本棚から取り出す。
「よし今日はこれにしよう!」
私は人生初のロングヘアに挑戦する事にした。
「ロングヘアですか。任せて下さい」
西坂は床にシートを広げた。切った髪をまとめて処理しやすくするためらしい。
そして、ノリノリでカットを始めた。
「この店、祖父の昔なじみのご老人が多いんで、美容師としての腕前が下がっちゃうんじゃないかって不安だったんですよ。でも、増永さんが来てくれるうちは安心だ」
そんなことを言われて嬉しかった。
また、明日からは出勤前の7時半頃に特別に店を開けてくれることになっていた。
これも私に対する配慮だ。
とてもありがたい。
この日、カットをしながら西坂は美容師の国家資格をとったあと、2年修行して、この店を持ったことと、昔はサッカー部だったことを知った。
男性の少ない会社で、普段は男性とは喋らない。だからこそ、西坂との会話は新鮮だった。
その後、髪の毛をなびかせながら颯爽と街を歩く私は、私自身に酔いしれていた。
翌朝。髪が伸びていることにはかなり慣れてきた。準備を早めに済ませ、雑誌を開く。
「今日はこれ!」
私と同年代の人気女優がモデルとなっているその写真の髪型は、長さはセミロングだが、ウエーブが入っており、少し大人びた印象を与えた。
この髪型で出社したら、麻理をはじめ先輩、後輩みな驚くのではないだろうか。
そんな想像をしながら、私は服装にも注意を払った。
髪型が最高でも、それにあった服装をしなければ、全てが台無しだからだ。
「出来ましたよ」
西坂はそう言い、後ろを確認するための鏡を取り出す。
「似合ってますね。昨日のロングも良かったですけど今日もサイコーです」
「ほんと!」
「もちろんですよ。さあ、会社の方々を驚かしちゃって下さい。良ければうちの宣伝ももお願いします」
笑いながら言う西坂に私も笑い返した。
「朝早くからありがとうございました」
そう言い残し、スキップしたい気持ちを抑えて、会社に向かった。
運命のオフィス入り、さあどんな反応をくれるだろうか。
「おはようございます」
いつもより、歩き方も意識してみる。身なりから自信に繋がることの気持ちよさを知った。
やはり、視線を感じる。ざわめきも。
今まで、ミディアムだった人の髪が伸びているのだ、仕方ない。
「光希!ほんとだったんだ!」
駆け寄って来たのは、麻理だった。
「だからほんとだって言ったじゃん」
「にして長いのも似合ってるね。写真撮ろうか」
「恥ずかしいから、顔は映さないでよ」
「わかった、わかった」
麻理の撮る写真はとても綺麗にこの髪型を映していた。
その日は一日中、先輩後輩問わずに様々な質問をされて、それに答えるのが大変だった。
しかし、人気者になったようで悪い気はしなかった。
その感覚が病みつきになってきた。
翌日はハーフツインにアレンジをしてもらった。
もちろん麻理が写真を撮り、一日を楽しく過ごした。
さらに翌日はお団子にしてみた。
ちょっと幼く見えるかもしれないが、なかなかに好評だった。
そして、内巻き、外巻き、ポニーテール。編み込み。清楚にストレート。
片方に刈り上げを作ったファンキーなベリーショートなど。3週間ほど様々なアレンジをし尽くした。
このタイミングで、ヘアオイルが残り僅かとなってしまった。
このことを、西坂に伝えるとそのヘアオイルを探してみると言ってくれた。
西坂に話した翌日の夕方。部屋の前に小さな箱が置いてあった。
差出人は西坂海路。
中に手紙があり、内容は「ヘアオイルを見つけました。3本プレゼントします」とあった。
どこで売っているかもよく分からないヘアオイルを1日程で見つけてしまうとは、もしかして美容師専門のサイトでもあるのだろうか。
というより、私の住所に直接届けてくれたのだが、私は西坂に心を許すあまりここに住んでいる事まで話したのだろうか。
少し不思議な気持ちになったが、この前後輩の1人が西坂の美容院に行ったということを聞いたので、もしかするとプレゼントするために聞き出したのかもしれない。
しかし、これでヘアオイルを楽しむことが続けられる。
人気者でいられるし、西坂にほぼ毎日のように会うこともできる。
それだけで嬉しかった。
実は、今週末に西坂と夕食に行くことにしていたのだ。
きっかけは、私がパスタが好きという話をした時、彼が行き付けのイタリアンパスタの名店を知っていると言ったのだ。
正直に言うと、もう楽しみで仕方なかった。
当日の髪型ももう決めていた。
原点のミディアムカットだ。
西坂とのデート、いや、食事会を明日に控えた金曜日。
仕事場は慌ただしかった。
6月号の入稿作業が佳境になり、全ての部所がバダバタしていた。
そんな中、一足先に仕事が一段落した「RAIN」の一同は、7月号の新企画について話し合いをはじめていた。
「私、特集の案があるんですけど」
真っ先に切り出したのは普段全く案を出さない麻理だった。
「光希の髪型写真に残してるんですけど、それでヘアアレンジ特集っていうのはどうですか」
私は少し抵抗があったが、先輩方の感触は良かった。
そんなわけで、私のヘアアレンジの特集が決まった。
素材となる写真は8割方麻理が持っているので、編集者側から出た3つ程の髪型を来週以降試して欲しいという。
また、これまでの髪型についてメリット、デメリット。髪型によったどんな気分になったがなど、私が記事にしなければいけないことも多かった。
仕事からは解放された土曜日。
西坂にミディアムカットにしてもらうと、西坂は床のシートから髪が落ちないように丁寧に集めると、「今夜、楽しみですね」と話しかけてきた。
「はい。どんなパスタか調べないで行く予定なんで楽しみです」
「じゃあ、8時に店で」
「分かりました」
最後の確認をすると、家に帰った。
待ちに待ったデート、いや、食事会だが楽しすぎて記憶がない。
いつもは、鏡に映る彼を見つめながら話をしていたが、今日はテーブルの向かい側に彼がいる。
話は弾んだし、正直いい雰囲気だった。
その帰り道、どちらから切り出したか分からないが私たちは交際することになった。
とても自然な流れだったと思う。
それから私はますます自分に自信を持てるようになった。
ヘアアレンジ特集が終わると、ウルフカット、ドレット風、オールバック、宝塚風、中世ヨーロッパの女王風など、ヘアアレンジの限界突破とでも言おうか。
奇抜すぎる髪型も抵抗が無くなっていた。
なぜなら、海路が切ってくれるのだ。
毎朝、彼と会えるのだ。
それだけで他人の評価など気にならなかった。
6月号が発売された頃には、私たちは互いに家に行き来するようになっており、半同棲生活をしていた。
ちょうどその時期に、麻理が例の大手スポーツメーカーの社員の彼氏と結婚する事を発表した。
結婚式の準備も進んでいるらしく、麻理からは幸せオーラが溢れていた。
私は、麻理が気を利かせて呼んでくれた海路と共に、結婚式に参列した。
麻理のヘアアレンジは海路がしており、新郎側の出席者からも評価が高かった。
その式の途中、海路が私にこういった。
「僕らもこんな素敵な式を挙げられたらいいね」
私は彼の手を握ると小さく頷いた。
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