神山織芽

「分かった。答えを出す」


 俺は、みんなの顔をひとりひとり、眺めて。

 感謝を、本当に、俺のことをずっと好きでいてくれたみんなに心からありがとうと思いながら。


 その答えを。

 告げた。


「織芽。……これからも、俺と付き合い続けてくれないか」


「……孝巳!」


 織芽の目が見開く。

 俺の気持ちは変わらなかった。

 中学時代と、まったく同じだ。


 変わらずに。

 神山織芽と、ずっと共にありたい。そう思った。


「栞。歌音。瑠々子。……ここまでついてきてくれて、ありがとう。栞はいつも俺の隣にいてくれた。歌音ほど気が合う仲間もいない。瑠々子は博識なところを尊敬しているし、友達思いのところが大好きだ。……だけど、だけれども。……俺は、俺の気持ちは、やっぱり変わらない。……織芽と、これからも、付き合い続けたい」


「孝巳。……孝巳。……ごめん。……そこまで言わせて、ごめんね。……織芽は、……こんな、至らない彼女だったけれど、でも、でも」


「分かってる。……いろいろあったけれど、これからもずっと一緒だ」


 俺は、織芽の顔を一直線に見据えながら告げた。


 すると。

 ぱち、ぱち、ぱち……。

 歌音が、目を細めながら、手を叩き始めた。


「けっきょく、元通りね。……おめでとう、織芽。孝巳に選ばれたのはアンタよ」


「歌音。……ごめんね」


「いいの。……とっくに決着なんてついていたのに、アンタがいないからって孝巳にちょっかいかけたの、あたしなんだから。……あーあ、でもショックだわ。今度こそ、孝巳はあたしを選んでくれそうだったんだけどなあ」


「それだけ、孝巳くんと織芽さんの愛が深かったということ。……さすが、光京中学校最高の相棒。……孝巳くん、織芽さん、おめでとう。……今度こそ、離ればなれにならないように」


「うん」


「ああ」


 俺たちは、歌音と瑠々子の祝福に、揃ってうなずいた。

 そして、


「……栞」


「…………」


 栞は、俺たちから顔を背けている。

 目元は見えない。だが、分かる。

 いま栞は、涙を流しているんだと。


「……ごめん。……ごめんね、こんな、わたしで。……嬉しい気持ちもあるんだよ? たかくんが、おりちゃんが、幸せで。……お祝いしたい気持ちもあるんだ。……でも、でもね、わたし、わたしだって、……たかくん。……ずっと、好きだったから。……昔から、ずっと。……たかくん、わたしの、なにがダメだったのかな……?」


「ダメなんて、なにもないさ。栞は最高の幼馴染だ。最高の友達で、俺にとって、本当に大事で、大好きな……」


「ありがとう。……ありがとうだけど、そう言ってくれるのは嬉しいけれど、でも、欲しかったの、その大事じゃないんだ。その好き、じゃなくて。…………っく……。ごめんね、分かってた、はずなのにね……」


「……栞。……織芽は、……もしかしたら、君と孝巳が、付き合うかもしれないと思ってた。昔からずっと。……織芽が嫉妬するくらい、君たちは仲が良かったから。……だけど……」


「はいはい、ストップストップ。キリがないわよ、ふたりとも! ……孝巳は織芽と、またくっついた。そういうことよ」


 歌音が、フォローに入った。

 すると瑠々子も、


「栞さん。光京市に戻ったら、3人で飲みにいこう。駅ビルの『スターフォックス』で、これでもかというほど、コーヒーを」


「……むしろもう、お酒が飲みたい。飲んだことないけれど~……」


 栞は顔を上げながら、目を真っ赤にしつつ。

 それでもちょっとだけ、笑みを浮かべた。


「おりちゃん。……もう、絶対に、たかくんと離れないでね。絶対ね。もし、今度、音信不通になったら、許さないから。絶対に、絶対に、許さないから」


「もちろん。もう織芽は、二度といなくならないよ。……孝巳。……電話番号と住所をちゃんと教え合おう。スマホはまだ戻ってこないけれど、公衆電話を使うから。郵便だって絶対に見るし、こっちからも送る。だから、だから」


「分かってる。……高校を出るまでは、なかなか会えない日々が続くと思うけれど、でも織芽、今度こそ」


「離れない。……離さないよ、孝巳!」


 ……ぎゅっ!


 織芽は、俺に抱きつこうとして、――でも栞たちの前であることを考えたのだろう、両手だけを握った。


 暖かな、彼女の手のひら。

 思えば、織芽とは手を繋いだこともなかった。

 まともに触れあったこともなかった彼女と、もう一度会うために、もう一度お互いの気持ちを確認するためだけに。ずいぶんと遠回りをした気がする。


 だけど。

 もう、二度と俺たちは離れない。

 ずっと、ずっと、これからずっと、一緒だ。


 織芽。

 大好きだ。




 それから、俺たちは遠距離恋愛になった。

 光京市に戻ると、たまに織芽から電話がかかってくる。

 公衆電話からかかってくるから、すぐに分かる。


 手紙も送られてきた。

 ブルーの便せんに、近況報告が書かれてあって。

 たまに福岡の美味しいものや、観光名所の情報まで書かれてあった。


 また、福岡に行くよ。

 そうだな、冬休みなんかがいいかな。

 アルバイトして、旅費を稼ぐから。


 そのように、返事を書いて、送る。

 かえでからは「いつの時代の彼氏彼女だっつーの」なんてツッコまれたが、だっつーの、なんて言葉を使う妹も妹である。……とにかくこうして俺たちは、会えない時間でも、お互いの声を、意思を、ずっと確かめあっていた。


 秋になると、父親からスマホを返してもらった織芽は、


「ひゃっふううううううう! 神山織芽見参! ねえねえ孝巳、見える、見えるかい? 織芽だよ! ……あは、孝巳が見える、孝巳がいるよー!」


 なんてハイテンションで、テレビ電話をかけてきた。


「ちょっと、落ち着けよ。……そんな大声を出していたら、お父さんからまた怒られるぜ?」


「大丈夫、今日は留守だから。……それに、お父さんもね、近頃は孝巳のことを認めたんだよ。あの彼ならばいい、なんて言ってね。もうビックリだよ」


「マジか!? あの厳しいお父さんが!」


「織芽のために、バイトで旅費を稼いで会いに来たなんて、すごい根性だ、って認めてね。……うん、そういうことだから! 織芽はこれから、いくらでも孝巳と会えるし、孝巳と電話ができるんだ! やったやった、やったぜよ、孝巳!」


「やったぜ! 俺も嬉しいよ、織芽……!」


「アニキ、うるさい!」


 かえでが、ドアを蹴破るようにして部屋に乗り込んできた。


「下まで聞こえてる。もうちょっと普通に電話してよ。……隣の栞ちゃんにまで聞こえるよ?」


「あ。わ、悪い……」


 栞の名前を出されると、弱い。

 俺は声をひそめることにした。


 そうだよな。

 栞が、俺のこんなにはしゃいでいる声を聞いたら、複雑だよな。


「……孝巳。……栞とは、近頃、もう会っていないのかい?」


「会ってはいるけれどな。……まあ、昔ほどはな……」


 俺と織芽が、再び連絡を取り合うようになると、栞は俺の部屋に来なくなった。

 それだけじゃない。学校でも、あいさつ程度にしか話をしなくなった。


 歌音もそうだ。

 他の女子の友達とグループを作って、そちらに入った。


 瑠々子だけは、いまでも変わらずに話しかけてくる。

 話題は、本のことが多いけれども。でもたまに「織芽さんはどう」と尋ねてくる。


「瑠々子だけが、織芽のことを話に出すよ」


「あ、そっちもかい? 瑠々子なら、織芽にときどき手紙をくれるよ。先日も手紙で、歴史トークを女子ふたりで繰り広げたところさっ」


「なんだよ、文通してるのかよ!」


 俺は思わずツッコんだ。

 文通って表現が、実にアナログだ。

 まあ、スマホが戻ってきたいま、手紙も、もう、あまりやり取りしなくなるだろうけどな。


「でも、そうか。栞と歌音とは、もう。……そうだよなあ。織芽がその立場でも、遠慮するからな……」


「……寂しいことは、寂しいけれどな」


「そう思うなら、話しかければいいのに」


「俺だって遠慮するさ。特に歌音なんて、うかつに話しかけたらキレるぜ、きっと。アンタには彼女がいるでしょうが、みたいに。……あいつの考えることはだいたい分かるんだ」


「違いない」


 織芽は、白い歯を見せて笑った。

 中学時代と比べて、長く伸ばした黒髪がまばゆい。

 けれども笑顔も話し方も、ずっと昔の織芽のままだ。


 俺は織芽とふたりで、それから何度もラインをして、何度も電話をした。

 冬になっても、次の春になっても、また次の夏が来ても。




「やあ、相棒。……じゃなくて、彼氏」


「……なに?」


 家のチャイムが鳴ったので、ドアを開けると、そこに織芽がいた。

 高2の夏休み、その終了直前である。キャリーバッグを引っ張って、ウェーブがかった長い黒髪をなびかせて。彼女がそこにいた。


「お、織芽!? どうしてここに」


「家出してきた。父親がやっぱりうるさい」


「え、え……? ……あ、暑いし、まあ、入りなよ」


「お邪魔します。……妹さんは?」


「部活の合宿で明日までいない。ついでに親も仕事で出張」


「そりゃ良かった。気兼ねなくお邪魔できる。……あーあーあー、お父さんが毎日、勉強、将来、そればかりで大変うんざりした! さすがにうんざりした! さすがの織芽も堪忍袋の緒が切れた! だからここに来たわけさっ! あーあーあー!」


 大丈夫かよ。

 家出なんかしたら、またスマホを取られるぞ。

 と思いつつ俺は、冷たいエプシを用意して(家にはそれしか飲み物がなかった)、自室に入り、織芽に差し出した。織芽はエプシを一気飲みしてから、部屋をきょろきょろ見回して、


「昔のままだね。中学のときに来て以来」


「ああ、あのときマンガを貸したりしたっけ」


「そうそう、懐かしい! それで栞も来たりして――あ。織芽がここにいたら、栞にバレるかな……?」


「いや、大丈夫だろう。昨日から家族で旅行に出かけたみたいだし」


「見事にひとりぼっちだね、孝巳。そんなタイミングでやってきた彼女だ。大歓迎したまえ」


「嬉しいけれど、アポくらい取ってきてくれよ。いきなりでびっくりした」


「充電がなかったんだ。……ごめんよ、ちょっとコードを貸してくれ」


 織芽は俺の部屋にあるコードで、スマホを充電し始めた。

 そして、父親の厳しさをひとしきりグチったあとで、けっきょく母親に電話をして、『友達の家に泊まる。明日には帰る』と言ったのだった。


「明日かよ。今日はどうするんだよ」


「……どうしようか。もう外が暑すぎて、外出する気が起きなかったから」


「そ、そうか。……まあ、いてくれていいけれどさ。晩ご飯はカレーでいいか? 材料がそれしかない」


「わお、自炊で晩ご飯かい。さすがは孝巳、家事スキルが見事だね。いい旦那様になれるよ」


「織芽の旦那になることしか、考えてないけれどな」


「うっふっふ。嬉しいことを言ってくれるなあ、彼氏は。……じつはね、家出も本当だけれど、それだけが理由じゃないのさ」


「なんだよ」


「会いたかったんだよ、孝巳に。……もうあれから1年。まるで会っていなかったから」


「……悪い。……バイトはしていたんだけどな。……つい……」


「つい、じゃないよ。まったく、織芽は少し不安だったよ。会いに来る気配も見せないから。だから、……自分からここに来たわけさ。……もしかしたら、栞や歌音がいるかもなんて思ったけれど、その気配もないね、この男の子臭い部屋だと。あっはっは」


「うるさい。栞たちとは、もう疎遠だって言っただろう。まったく……」


「……織芽は嬉しいよ。遠距離でも、織芽一筋でいてくれて」


「当たり前だ。……福岡に行けなくて、悪かった。俺には織芽しかいないよ……」


「……彼氏っ」


 ぎゅっ。

 ……っと!


 織芽はニコニコ笑いながら、俺に抱きついてきて――




 と、まあそういう事件もあった。

 織芽はその後、翌日の昼まで俺の家にいて――途中、一度だけコンビニにふたりで出かけたが――その後、新幹線で帰っていった。


 あとでお父さんにはさんざん叱られたそうだが、しかしこの一件以来、父親の厳しさはまた少し弱くなったようで「たまには無茶もしてみるもんだね」なんて織芽は笑っていた。


 ところで、女にはやっぱり、なにかの第六感があるのか。

 合宿から帰ってきたかえでが、俺の部屋に入るなり、


「栞ちゃん、もしかして久しぶりにここに来た?」


 なんて言ってきた。


「来るはずないだろう。なんでそう思うんだよ」


「いや、なんか、部屋から女の子のにおいがしたから」


「気のせいだ」


 俺はごまかした。




 それからさらに時間が流れた。


「神山織芽、光京市にふたたび参ったぞよ~!」


 高校を卒業した織芽は、この町に帰ってきた。

 俺と同じ光京大学に入学した彼女は、父親を説得して、アパートに一人暮らしを開始。


 俺たちはこうして、中学卒業以来、毎日会えるようになったのだ!

 そうすると、俺は織芽のアパートに入り浸りになる。おかげでかえでからは「少しは自重しろ」なんて言われるし、田名部からは「近頃友達付き合い悪すぎ。いくら彼女がすごい美形だからってそれはないぜ」なんてディスられる。


 でも、仕方がないだろう?

 だって、彼女が3年ぶりに隣にいるんだぜ?


「いいとも、いいとも。いくらでもいらっしゃい、彼氏。織芽の隣にいるのは、いつだって、君しかいないんだからなっ」


 織芽の笑顔がまぶしかった。




 ある日、いつものように織芽のアパートでくつろいでいると、


「孝巳、聞いたかい? 瑠々子がグアムに行ったらしいよ」


「グアム? なんでまたグアム?」


「瑠々子は作家になるのが夢だろう? 先日は送った原稿が2次選考まで行ったと言っていたじゃないか。次こそ受賞すると意気込んでいた。それで、新作を書くための取材として、グアムに向かうそうだよ。なんと、栞も一緒だそうだ。瑠々子が誘ったそうだよ」


 栞も?

 栞はいま、向陽大学の幼児教育部に通っているはずだ。

 将来は幼児教育系の仕事に就きたいらしい。……全部、かえでから聞いた話だけどな。


「なんで栞も一緒なんだ?」


「女二人で友情の旅行だろう」


「そうか、旅か」


「旅はいいものだよ、孝巳。織芽だって、昔の夢は旅人だったんだ。世界中を巡って、旅行の話を本やブログに書いて、その原稿料でまた旅をする、なんてことを妄想していたことがある」


「楽しそうな夢だな。むしろそれ、いまからでも叶うだろ。俺たちふたりで旅人になろうぜ」


「いまからかい? ……うん、でもいいな、それ。……そうか、旅か。……ふふふ……」


 織芽は心底、嬉しそうに笑った。

 俺も、笑みを浮かべて、


「でもそれなら、俺たちもグアム行きについていけばよかったな。グアムには、歌音も留学していると聞くし。……ああ、そうか、瑠々子も栞も、歌音と会いたいって気持ちもあるのかもな……」


 久しぶりに、あのころの5人で揃いたい。

 ふと、そう思った。……それは俺のわがままだし、栞たちは、揃いたくないかもしれないが……。


「孝巳。……久しぶりに、中学校に行ってみないか」


 突然、織芽はそんなことを言いだした。


「なんでだよ、急に」


「行きたいんだ。だって、こっちに戻ってから、まだ中学を見ていないから。……懐かしいんだよ。お願いだよ」


「……そこまで言うなら」


 俺は織芽と、光京中学校に向かうことにした。




 何年ぶりだろうか。

 まともに、我が母校を眺めるのは。

 前を通ることは何度もあったけれど。


 こうして織芽とふたりで来るのは、本当に卒業以来だ。


「懐かしいな、光京中学」


「ああ」


 夕方の風に、長い髪をなびかせながら、織芽が目を細める。

 なんとなく、悪くない気分だった。嫌な思い出も多いところだが、それでも、素敵な記憶もある。




 ――よーし、それじゃスタート。楽しい楽しい光京中学生徒会へ、ようこそ~っ!!


 ――お邪魔しました。すみません。


 ――待って待って待って!! ねえ、いま変な子だと思ったでしょ? 違うからね? いろいろ事情ってもんがあるわけなのさ!




 まだ髪がセミロングだった、中学2年生の織芽と出会ったことを思い出す。

 あれからもう、5年も経つ。そうだ、あのころ、織芽は中学一の美少女で、みんなの人気者で、俺は、みんなから脇役なんてイジられて。


 その後、栞と、歌音と、瑠々子と。

 みんなと、過ごした時間があって。

 織芽と離ればなれになって、連絡がつかなくなって、もうダメかと思って――


「……こうして、また孝巳とここに来られるなんて、夢みたいだね」


「そうか?」


「そうだよ。感慨深い。……高校生のとき、お父さんにスマホを取り上げられて、孝巳と話もできなくなったとき、織芽はもうダメだって、これは絶対に失恋だって、……泣いたこともあったんだ」


「そう、なのか? ……織芽が……?」


「なんだい、その意外そうな顔は。織芽だって、泣くこともあれば傷つくこともある。不安でたまらない夜があったんだよ? ほら、高1のときに一度だけ、途中、孝巳と電話を少しだけしたときがあっただろう?」




 ――織芽。織芽なんだな!?


 ――織芽だよ。孝巳、孝巳……。


 ――織芽、俺だよ、孝巳だよ。元気だったか?




「あった。覚えているよ」


「あのときの電話のあとなんて、特にさ。……ほら、栞がさ、……栞が、孝巳と一緒にいただろう? 栞なんだから、そりゃあ孝巳と一緒にいる。不思議はない。


 でもね、あのときは本当に、終わったと思った。孝巳は織芽のことなんか諦めて、栞と付き合うんだと思った。その日の夜は泣いたんだ。失恋した。……


 そう、瑠々子から聞いたことがある。こういうのを『負けヒロイン』というんだって? ……織芽はそれになったと思った」


 織芽が、負けヒロイン?

 そんなことはない。そんなことは……

 けれども織芽自身は、そう感じていたのか。


「だけど、孝巳を諦めたくない。必ず、また会えるはずだと思った。織芽はずっと、孝巳を好きでい続けたんだ。……きっと、これは失恋だと思ってからも……」


「そうだったのか……」


 織芽が……。

 いや、みんな、……みんな、俺のことを好きでいてくれた。

 栞も歌音も瑠々子も。失恋したあとでも。それでも、俺を。


 負けヒロインたちが俺に失恋したあともあきらめきれずに愛し続けてくれていた。


 それは俺にとって、たまらなく嬉しく、ありがたく、幸せで。

 ……栞たちに対して、申し訳ないことだった。


「だから、孝巳が福岡まで来てくれたとき、本当に嬉しかった。織芽のところに、また来てくれた。海を越えてでも、来てくれた。織芽は、織芽は、本当に……いい彼氏と、友達を持ったと……」


「俺も、同じ気持ちだよ。……俺は、最高の彼女と、仲間をもったんだ」


 中学校の校舎を前にして、かつて抱いていた劣等感が消えていく。

 こんなに素晴らしい彼女と、仲間たちと出会えた自分を、誇りに思える。


 そのときだ。

 俺のスマホが鳴った。


 ラインが届いたのだ。瑠々子からだ。

 開いてみる。すると――


『孝巳くん、織芽さん、お元気? グアムで、懐かしい3人、勢揃いです。いまから10日もここにいます。楽しみます』


 そんなメッセージと共に、写真が送られてきた。

 クールフェイスのまま、ピースサインの瑠々子。

 そんな瑠々子の隣に、照れくさそうにちょっと笑っている栞と、目を逸らしながらも口元がニヤけている歌音がいる。


「孝巳」


 織芽が、俺の名前を呼んだ。

 俺はうなずいた。


「みんな、グアムで集合らしいぜ。3人とも、それぞれの道を歩んでる。いろいろあったけれど、いまじゃ振り切って、……いい思い出だと思っているんだ」


「どうして、そんなに分かるんだい? 瑠々子はともかく、栞と歌音は――」


「分かるさ。ずっと一緒にいた幼馴染と、心が読める親友なんだから」


「…………そうか。……そうだね……」


 織芽は、ずっと抱えていたなにかが消えたような、すっきりした顔を見せた。

 そんな織芽に向けて、俺は言った。


「なあ。織芽、パスポート、持ってるよな? 俺もある。……あと、お金もあるんだ。グアムにふたりで行くくらいなら、貯金してる」


「え。……え、え、え。……まさか、孝巳。まさか……」


「行こうぜ、いまから! みんなのいるグアムへ。旅人、デビューだ!」


「正気かい、孝巳!?」


「もちろんだ! 行こうぜ、織芽!」


 俺は織芽の手を取った。

 すると、織芽はニッコリと、見たこともないような満面の笑みを浮かべて、


「うん。……行こう、孝巳!」


 俺の手を、強く握り返してくれた。




 俺は一生忘れないと思う。

 この日の嬉しさと、幸せを。

 神山織芽と共に、栞と、歌音と、瑠々子と、心が通じ合えて、――また会える喜びに満ちあふれた、この一瞬を。


 光京市に陽が暮れる。

 俺と織芽は、ふたりで赤く染まった街を、手に手を取って、力いっぱい駆けだしていた。






『負けヒロインたちが俺に失恋したあとも、あきらめきれずに溺愛し続けてくるんだが?』 完




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負けヒロインたちが俺に失恋したあとも、あきらめきれずに溺愛し続けてくるんだが? 須崎正太郎 @suzaki_shotaro

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