スマイルショコラ~君の笑顔が勇気をくれた

こんぎつね

スマイルショコラ~君の笑顔が勇気をくれた

「やぁ、今日も良い天気だね!」

「今日の海は濁ってるけどスリルがあって楽しいね!」

「元気かい?」

「今日も張り切って行こう!」

「笑顔でいれば、きっといい事もあるよ!」


ミナミギンポのミライは今日も穴から顔をだすと、そのとびっきりの笑顔であいさつをする。


『やれやれ、お前は悩みがなくていいねぇ』


湾岸に住む魚たちはそう言いながらもその能天気な笑顔につられて、ついつい笑顔になってしまう。


旅をするミナミギンポのミライがここショコラ港で暮らし始めて彼是3年が過ぎた。

ミライは自分の笑顔が凄く楽しい顔なのを知っていた。

だからミライは今日も目の前を通る魚たちに笑顔を振りまいている。


そんなミライが気がかりにしているのがメバルのメルだ。


「やぁ、メル、元気かい?」

「ミライ.. 君はいつものように楽しそうでいいよね」


メルは死んでしまったお父さん、お母さんの事を思い出しては天を仰いで大きな瞳に涙を溜めている。


「メル、ほら、見てごらん。僕はこんなこともできるんだよ」


ミライはメルの周りをクルクル周ると、メルの鼻先でバク宙を3回転して見せる。


「どうだい?」

「うん。すごいね」


メルは少しだけ口元をゆるませたが、その潤んだ瞳が渇くことはなかった。


「今度はもっとすごい技を見せてあげるから楽しみにしててね」


****


「ははは。それでメルって奴の前で格好つけすぎて腰を痛めたって。お前も大変だなぁ」


ミライの話に大笑いするのはアカシュモクザメのモーゼルだった。

小さなミライと大きなモーゼルは体の大きさは違えど、気の許せる友達だった。


いつも外海への入り口にあるガリガリ岩のテーブルサンゴに寄り掛かりながら談笑をしている。


「僕は生まれ持ってのこの笑顔で、みんなにも笑顔になってほしいから、大変だなんて思わないさ。ただ、あえて言うなら一つだけ——」


「ふっ、そうかよ。俺はこの顔でみんなに怖がられてるし、お前の事言えないけどな。まぁ、がんばれよ。困ったことあれば何でも言えよ」


「うん。ありがとう、モーゼル」


****


それは天気が良い夏の日だった。

地上からとんでもないご馳走がゆらゆらと落ちてきた。

そのご馳走の香りたるや..湾にいる魚たちは、みんなよだれが止まらない。


だけどいろいろな海を旅してきたミライは知っていた。

そのご馳走の上についた見えない糸が天の上まで続いているのを。


「このご馳走は俺様がいただくぞ! 」


そう名乗り出たのは、このショコラ港の湾長ギズモの息子シャモスだ。


シャモスはマダイ特有の鮮やかな赤いウロコを輝かせ、自信に満ちた背びれをビシッと立てると、ご馳走に向かって大きな口を開く。


「ダメだ! シャモス! それを食べちゃダメだぁ!! 」


ミライはシャモスに体当たりしながら止めようとする。

だけど小さいミライの体当たりなどお構いなしにシャモスはご馳走を飲み込んだ。


ビンっと見えない糸が張られるとシャモスの喉に鋭い痛みが走った!

飲み込んだものを吐き出そうにも何かが喉に引っかかって吐き出せない。


「痛い! 痛い! 助けて! 助けて! 」


泣き叫びながら暴れるシャモスを助けようとミライは天の糸に何度も何度も体当たりをしたり、噛みついたり。


騒ぎを聞きつけたシャモスの父ギズモは苦しむ我が子を目の当たりにした。

そして見たのだ。


苦しむ我が子の周りを笑顔で踊りまわるミライの姿を。


シャモスの抗いも虚しく、大きな力で一気に天まで釣りあげられてしまった。


湾長ギズモは我が子が天まで釣りあげられてしまった事を悲しんだ。

だが、その悲しみは、すぐに憎悪となって笑顔のミライに向けられた。


「あいつは、我が子の苦しむ姿を喜んでいた!」


その光景を見ていたのはギズモだけではなかった。


遠く砂の中からはヒラメやダテハゼ、海藻の隙間からはメジナやアイゴなどが見ていた。

そしてギズモの言葉にミライは薄情者の烙印を押されてしまった。


ついには、ミライはこのショコラ湾から追放されることになったのだ。


ミライはとても悲しんだ。

でも、そんな悲しい時でもミライの口は笑顔のまま。

つるつる貝にうつる自分の顔を見ると、仕方がないと荷造りを始めた。


「ミライ、いるかい?」


訪ねてきたのはメバルのメルだった。

メルは湾の魚たちが口々に『ミライはとんでもない薄情者だ』と言っているのを聞いていた。

でも、メルには信じることができなかった。


だって、ミライは両親に先立たれて悲しむメルをずっとずっとずっと励ましに来てくれていたからだ。


穴の中で荷造りをしていたミライは、メルに悪口を言われるのではないかとジッとしていた。


『今、メルに悪口言われたら、僕の心はもう笑顔でいられなくなるに違いない』ミライはそう思った。


「ミライ、いるんだろ? 君は僕の『悲しそうな目』が滑稽で馬鹿にしに毎日来ていたのかい? 」


ミライの心は切り裂かれる思いだった。手があるならば耳を塞ぎたい気持ちだった。


「皆がそう言うんだ。 僕は、僕はね、そうは思いたくない。いや、そうじゃないと思ってる。 君はきっと知らないだろうね。泣き虫の僕は君の励ましがうれしくて泣いていたこともあるんだよ。だから僕は君を信じるよ」


その言葉にミライの口は笑顔いっぱいになった。


「ミライ、出てきておくれよ」


「 ..うん」


ミライは少しバツが悪そうに穴から姿を現した。


メルはその姿を見て確信した。

ミライの体は天の糸に何度も体当たりしたせいで傷だらけだったのだ。

そんなボロボロの体でもミライはにっこり笑っている。


「ミライ、やっぱり君は僕が思った通りの奴だ。僕がみんなに言ってやるよ」

「メル、いいんだ。きっと無理だ。こんな事ははじめてじゃないんだ。だから僕は行くよ。気にしなくていいよ。どうか僕の事で悲しまないで、元気でいておくれよ」


「ミライ.. わかったよ。僕はもっと前向きに元気に生きるよ。ありがとう。僕の大切な友達」


ミライはショコラ湾を出て行った。


だけどメルはこのままにしておくつもりはなかった。


ミライは優しくて、いいやつだ。

もしかして、もう帰って来ないかもしれない。


だけれどメルはせめて友達の汚名を晴らしたかった。


メルはシャモスの釣られた場所に行き、穴の中に潜むカニやエビ、またはその周辺に住んでいる魚たちにその時の様子を聞いてみた。

すると、確かに『シャモス、それを食べちゃダメだ』と叫ぶ声や何度も天の糸に体当たりしているミライを目撃しているものが多くいた。


でも、みんなは、湾長ギズモの怒りを買って、ショコラ湾から追い出されてしまう事を恐れているのだ。


湾長ギズモをみんなが怖がっているなら、この一帯の海を守るアカシュモクザメのモーゼルに力を貸してもらおうとメルは思った。

でも、モーゼルに近づくなど命知らずが行う事だと言われている。

目の前に行った途端にあの大きな口で飲み込まれてしまうかもしれない。

それに何といってもあの異様な姿は悪魔そのものだ。


メルは『やっぱりやめようかな』と怖気づいてしまいそうになった。

でも、つるつる貝にうつる下がりぎみの口角をあげて笑ってみせると、なぜか勇気が湧いてきた。



いつもは藻や岩の陰にいるメルにとって外海は、人で言うなら地球の裏側にいくようなものだ。

旅の途中、行く先々で自分の住処に入るなと追い立てられた。

ある時はイソギンチャクを刺激させたことで激怒したクマノミに思いきり噛みつかれた。

今もメルの尻尾には、その歯形がくっきりと残っている。



やがてメルは湾を飛び出し外海の入り口にあるガリガリ岩にたどり着いた。

するとメルの頭の上に渦巻きが起こると辺り一面が暗くなった。


アカシュモクザメモーゼルの大きな体が太陽の光を遮っていたのだ。


「おいっ、坊主!! 俺様に何の用だ? 俺はここのところ、機嫌が悪いんだ。用がないならとっとと湾に戻れ!」


メルは恐怖で顔を上げることができなかった。


「おいっ! 泣きっ面の坊主! 聞いているのか!? 」


メルはミライの事を思い浮かべた。

彼はどんなに辛くても怖くても笑顔で立ち向かってきたに違いない。


そしてミライが残してくれた笑顔は、僕にここまで来る勇気をくれたじゃないか!

僕は今、泣いてなんかいない!!

メルはその大きく輝く瞳をモーゼルに向けた。


「ぼ、僕は大切な友達の為にここまできました。僕の友達はみんなに薄情者だと言われてます。でも、本当は違うんです。どうかモーゼルさん、僕に力を貸してください」


メルは真っすぐモーゼルを見つめると、最後に、にっこりと笑ってみせた。


「フフ..グアハッハッハ。誰もが恐怖する俺様に笑って見せるなど、俺の友達ミライ以外はいないと思っていたぞ。小僧、お前はもしかしてメルだな? ミライからよく聞いていたぞ。奴は悲しむお前を元気づけようと一生懸命だったな。そんなお前が勇気を出し、俺に笑ってみせたんだ。いいぞ、力を貸してやろう」


「ありがとう! あっ! ありがとうございます!」


「グワハハハ。では小僧、俺は何をすればいい?」


「何もしなくてもいいです。ただ、見ていてほしいのです。僕が湾のみんなを説得して見せます」


「そうか!わかった!」


そう言うとモーゼルはその大きな尻尾を振りながらさっそく湾へ向けて出発した。


「メルよ。俺の頭を咥えていろ。振り落とされるなよ!」


モーゼルの大きな体は青い海をかき分けながらあっというまに湾の近くまで泳ぎ着く。


だが、湾からは大きな叫び声や悲鳴が聞こえた!


「逃げろー!オニカマスの集団だぁ!」


オニカマスの集団、ショコラ湾は何年か前にも襲われた。

メルの両親は子供のメルをかばい傷つき死んでしまったのだ。


『あいつら、また湾を襲いやがって!!』


だが、非力な自分には仇を討つことはできない。


「おい、坊主。湾が襲われているぞ。どうする?」

「モーゼルさん、僕はあいつらを許せないんだ。でも僕には力がない」


「グワハハハハ。お前、俺がさっき言った言葉忘れたか。俺はお前の勇気に力を貸そうと言ったのだぞ。お前はどうしてほしい。今、俺の力はお前の『勇気の力』なのだ」


「..うん。モーゼルさん、あいつらを二度とショコラ湾に来ないように追い払って!」

「よし、わかった!!」


アカシュモクザメのモーゼルはその大きな尻尾でオニカマスを蹴散らし、悪魔のような顔をもっと恐ろしくしながら、海の果てまで届くくらいの大きな声で言った!


『貴様ら! 俺様のいるこの海域でまた見かけたら今度は許さんぞ!』


オニカマスのギャング団は一目散に逃げて行った。


そして続けざまにモーゼルは言った。


『おいっ!ショコラ湾のお前ら!これから俺の親友の親友であるメルがお前らに話がある。よく聞け。わかったか!! さぁ、メルよ、心置きなく言うがよい!』


メルは勇気を振り絞り大きな声で言った。


「僕の友達ミライは薄情者なんかじゃない! シャモスの時も助けるために自分の体が傷ついたとしても何度も何度も天の糸に体当たりしていたんだ! 勇気のある奴なんだ!! 」


「 ..そうだ。実は私も見ていた。そしてミライが助けるために血を流していたのを見た」

「俺もシャモスに『食べるな!』と叫んだミライの声を聞いた」


メルの勇気に次々と真実を知る者が声を上げた。

その様子を見ると湾長ギズモがわなわなと身体を震わせている。



「知っていた.. わしは知っていたんだ..全てを見ていた。わしのこの大きな体でなら糸に体当たりすればシャモスは助けられたはずだ。しかし間に合わなかった.... 『なぜお前は体当たりしたくせに助けることができなかった。なぜお前の体はそんなに小さく非力なのだ!』ミライを見てそう思ってしまった。やり場のない怒りを全てミライにぶつけてしまったのだ.... すまない。本当にすまない」


涙ながらにギズモは謝罪した。

そんなギズモを見ながらモーゼルは湾の皆が知らない真実を語った。


「お前ら、ミライはここより南のキャンディ岬の生き残りなのだ。オニカマスの襲来で身内を亡くし旅にでたミライは、同じような目にあったこの湾にたどり着いたのだ。ミライは俺にこう言ったよ。


『僕はこんな笑顔の顔だから一緒に悲しんであげることはできない。でも僕はこの笑顔でみんなを笑顔にすることができるんだ』


あいつは誰よりもやさしい奴なのだ。そして笑顔と勇気を与える奴なんだ


メルは大きな声で言った。

「ミライはここに住んでもいいよね? みんな!」


「ああ、いいとも。いや、彼にこそ住んでほしい。だが、どうしたらいいのだろう。もうミライがどこに行ったのかわからない..」


ギズモはうなだれていた。


「おい、坊主」

そういうとモーゼルはメルを見た。


「大丈夫だよ!モーゼルが力を貸してくれるさ」

メルは明るい笑顔で言った。



モーゼルはメルを連れて海の沖にでると、そこから望遠鏡のように長い目で全ての岸をくまなく探す。



「おいっ、メルよ! 見つけたぞ。あの珊瑚の下の穴だ。迎えに行ってやるがいい」


・・・・・・

・・


「ミライ、いるかい? 僕だよ」


迎えに来た笑顔のメルに体を回転させながら喜ぶミライ


その様子をモーゼルは満面の笑顔で見ていた。



その後、ショコラ湾は笑顔の絶えない魚たちの楽園となり、魚たちの世界ではスマイルショコラと呼ばれるようになった。


そのスマイルショコラでミライ、メル、モーゼルの友情はいつまでも続きました。


   

 —おしまい—


【玉川上水魚協くみあい&青葉書店共同作品 -smile chocolat】

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