第3話
私はいつもと違う場所に
何やら「奥行き」とは、聞かれたら都合が悪いものらしい。念には念を込めて、個室を予約した。
思えば頼朝とは長い付き合いになる。大学のゼミがきっかけで話すようになり、今でも交友が続いている。彼は善人という訳ではないが、付き合いの軽さが楽だ。
ちなみに父親が歴史好きらしく、
それにしても遅い。先に酒と軽いつまみだけ頼んだが、肝心の人間がなかなかこない。すでに生ビールの泡は消えてしまっていた。そろそろ連絡を入れようか、と考えているとやってきた。
「悪い悪い!急だったもんだから遅れちまったよ!」
「にしても遅かったな」
「いいじゃねえか、とりあえず乾杯しようぜ」
儀式的に乾杯を済ませ、いつ話を切り出そうか迷っていると、向こうからパスが飛んできた。
「それにしても珍しいな。いつもの居酒屋じゃなくて個室か」
「ああ、ちょっと話したいことがあってな」
「なんの話だ?」
「実は今日、会社を辞めさせられたんだ」
「ふーん。そうなんか」
どうやらあまり驚いていないようだ。頼朝はフリーターで仕事を転々としているため、仕事に対して執着があまりないのだろう。こちらとしても話しやすくて助かる。
「それでな、原因を聞いたんだが、どうやら奥行きが悪いらしい。どういうことか分かるか?」
またもや驚きはしなかった。しかし先ほどとは違い、薄ら笑いを浮かべている。ついに堪えきれなくなり吹き出した。
「ははは!分かってないのはお前だけだよ。学生の頃から俺以外に友達がいないだろ?みんな気味悪がって離れちまうんだよ。お前の奥行きに」
こいつの言う通りだ。最初は仲良くしていても、ある時を境にパタッと関係が切れてしまう。それも奥行きのせいなのだろうか。
「おれは興味本位でお前とつるんでる。奥行きを知らない人間がどういう振る舞いをするか気になるからな」
「頼む。奥行きって一体なんなんだ?教えてくれないか」
「ああ、なんでも聞けよ」
小一時間質問攻めをした。今日あったこと、これまでのこと、詳しい奥行きのこと。しかし、ほとんどの疑問は質問を繰り返したところで、解消されなかった。唯一分かったことは、得意先に送ったお礼のメールの奥行きが悪く、クビになったことくらいだ。
しかし、不思議と分からないことに不快感や苛立ちは覚えなかった。それどころか、どこか腑に落ちた気さえした。
どれだけ説明されようと、認識できないのだから理解のしようがない。
奥行きとは、私にとっての青色だったのだ。
散々質問をしていたため、家路に着く頃には夜も更けていた。
少し冷えた風に当たりながら、とぼとぼと歩く。通りは人がほとんど消えている。
帰宅すると、いつものように風呂に入り、いつものようにストレッチをした。いつもと違うのは明日の用意をしなくてよいことだ。
窓の外を覗くと、北極星が輝いていた。
今日は非常に天気が良い。
書き殴った遺書には「奥行き」が溢れていることだろう。
私にとっての青色 吉高光一 @yoshitakakoichi
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