英雄の死

鐘古こよみ

英雄の死


 局地的な戦が終わり、一人の騎士が死を迎えようとしていた。

 甲冑の胸元に青薔薇を咲かせる彼を、白百合の紋章を持つ別の騎士が抱えている。


「しっかりしろ、こんなところで死んじゃいかん。戦はまだまだ続くんだぞ!」

「その声は誰だ? 思い出せない、目も霞んで見えない……ああ、すまない友よ。わしとて戦いの途中で去りたくはない。だが、もはやこれまでのようだ……」

「なんと弱気なことを! おぬしらしくもない!」


 白百合の騎士はそう叱咤するが、青薔薇の騎士がもはや限界を迎えていることは、周囲で見守る他の騎士たちの目にも明らかだった。

 誰もが悲しい顔で目配せをし合い、肩を落としては、首を横に振っている。


「俺たちの英雄が……」

「彼がいなくちゃ、これからの戦いはどうなることか……」


 青薔薇の騎士は英雄だった。勝利を重ねられるようになったのも、彼が騎士団長として先頭に立つようになってからだ。


「目を開けてくれ。おぬしは我々の英雄なのだ。希望の光を消さないでくれ!」


 涙をためて手を握る白百合の騎士の言葉に、青薔薇の騎士は微笑みを浮かべる。


「英雄、それに希望か。夢にまで見た言葉だ。もはや思い残すことはない……」


 そう言って息絶えた彼の周囲に集まり、騎士たちは黙祷を捧げた。

 悲痛な面持ちで言葉少なに、生前の活躍を偲び合う。


「彼の無謀さと引くことを知らない行動力に、俺たち何度も助けられたっけ……」

「まともに刃を交えることなく、一瞬で終わった戦場もあったな」

「だがこれからは、そんな幸運は期待できないぞ」


 抱えていた青薔薇の騎士を地面に寝かせ、立ち上がった白百合の騎士が、厳しい顔つきで仲間たちを見回した。


「噂によれば彼の後を継ぐのは、切れ者と有名な若者だそうだ」

「退却時にわざと落馬させたのも、そいつの差し金って噂です」


 情報収集が得意な仲間の補足に、皆が緊張を取り戻した。


「不利益と見れば、味方も切り捨てられる冷静な奴ってことか。これはうかうかしていられないな」

「この人が大将なら、裏をかくのも罠にかけるのも簡単だったんだが」

「青薔薇団もついに、爵位より実力を重視し始めたか……」

「ぜひとも生きて帰って、我々に勝利を導いてほしかったなあ」


 浮かない顔で呟きながら、白百合の紋章を胸にした騎士たちは戦場を去っていく。

 残された青薔薇の騎士は、幸せそうな表情を浮かべて永遠の眠りについていた。



<了>

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英雄の死 鐘古こよみ @kanekoyomi

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