第34話 スイーツ
クラスメイトの鬼崎くんは、夜宮に告白したいらしい。
その相談を受けた俺は、絶対に諦めた方がいいと返した。
『な、なんでだよ!』
と動揺とともに叫ばれたのが数十分前。
(そりゃ断るよ)
だって、許嫁だし。
婚約者に告白しようとする人間に諦めを促すのは当然の流れである。
でも、やっぱり夜宮に告白したい人はいるのだな。
タイムリープ前はそういう機会がまずなかったが、夜宮は美少女だ。間違いない。けっこう一緒に過ごした期間が長くて、ある程度見慣れていても美少女だと思う。
夜宮は今のところ、皆森と俺意外に誰かと絡んでいるところは見たことがないし、実際にもないだろう。
つまり、鬼崎くんも含めた他の男子はみんな絡みゼロだ。それでもやっぱり告白したいと思うのは、夜宮の容姿によるものか。
「──じゃあ、テストが終わったからって気を抜かないようにな〜」
そんな取り止めのないことを考えていたら、授業が終わった。
周囲はぱたぱたと片付けを始めていく。
俺の後ろには夜宮がいるが、何もなければ話はしない。
関係を勘繰られたくないわけだし。
だから何か連絡事項があれば、夜宮はスマートフォンで連絡してくる。
『柊くん』
今日も連絡が来た。このあと家に行きますとか、そういう感じだろうか。
『このあと、どこかに寄って帰りませんか』
それは珍しい。
◇
「すみません。急に呼んでしまって」
「いや大丈夫だけど……珍しいな。こういう所に来るの」
学校を出て夜宮と合流する。
向かった先は家の近くにある喫茶店だった。
店内には女性が多く、照明も明るくて華やかな雰囲気だ。
皆森も呼ぶのかと思ったら、そうではないらしい。二人で席に座る。
「ここ、杏沙さんが好きなお店ですよね?」
「そうだな。杏沙は何かとここのパフェをせがんでくる」
「わたしも食べてみたかったんです。美味しいパフェも作りたい物の一つですから」
ここの喫茶店のスイーツは美味しくて、杏沙によく連れていくようせがまれる。パンケーキとか、タルトとか、色んな具材の種類のあるパフェとか。メニューも色々だ。
「どれにしようか……悩みます」
夜宮がメニューを眺めて「む……」と眉を寄せていた。迷うのもわかる。
「どれが気になってる?」
「パフェのつもりでしたが、チョコのかかったパンケーキも美味しそうです。……フルーツの乗ったパフェも……」
「杏沙もよく悩んでるけど、片方を俺に頼ませてシェアしてるよ」
「シェア……シェアですか」
メニュー表で口元を隠しながら、俺を見つめてくる。
「……柊くんは頼みたい物はありますか?」
「夜宮がもし悩んでたら、片方俺が頼もうかな。それで分けて食べよう」
「分け……。で、ではいいでしょうか。パンケーキの方を」
「決めきれないから逆に頼んでくれた方が助かるよ――すみませーん」
店員さんを呼んで、チョコパンケーキとフルーツ盛り合わせパフェを頼んだ。
待っている間、夜宮がなんだかそわそわしている。
視線が合うと逸らされてしまう。
(そんなに楽しみだったのなら、もっと早く一緒に行ってもよかったな)
夜宮はあんまり積極的に外のお店に行くタイプではない。室内で黙々と何かをやっているイメージだ。でもこのお店はそわそわするくらい行きたかったんだろうか。
「お待たせいたしました~!」
テーブルに頼んだスイーツが届いた。俺の前にチョコパンケーキが、夜宮の前にフルーツ盛り合わせパフェが置かれる。思っていたよりも大きいお皿に乗って出てきた。これだけでもけっこうお腹にたまりそうだ。
「じゃあ取り分けようか。食べる前に半分に分けるよ」
「あ……ま、待ってください」
「ん?」
「パンケーキはそれでいいんですけど、パフェは難しいですよね」
「……まあ、そうかな?」
このお店はシェアもできるように、一緒に取り分け用のお皿も置いてくれる。
杏沙と来る時はパフェでもなんでもそれで取り分けて食べるのだが……たしかにパンケーキに比べてパフェは取り出しづらいといえばそうかもしれない。
「なので、わたしが食べさせてあげます」
「……え?」
「シェアです。許嫁なら……これくらいは普通ですよね?」
「ふ、普通?」
普通とはなんだろう。許嫁ならしていてもおかしくはない。でも許嫁だから食べさせてもらうというのは変ではないか? 許嫁という枠で許される行為ではあるけれど許嫁だから必然食べさせてもらうというわけではないのではないか? ああなんだか急すぎて頭が混乱する。
夜宮がそっと口を開く。
「最近ちょっと……我慢していると思って」
「がまん?」
「本当は学校でも一緒にいたいんです。……その、我が儘かも、ですけど」
夜宮はずっと考えていたことを思い出すように言った。
「……なるほど」
学校へ通ったり、皆森と仲良くなったりして、俺と夜宮の関係は少し変わった。具体的には、物理的にちょっと距離が空いた。
面倒事を避けるには許嫁であることは隠した方がいい。そんな気持ちで。
でも、鬼崎くんの件もあって、隠していることでもまた面倒事が起こりそうな予感が出てきた。夜宮はどうしても注目を集めてしまう。
(許嫁だ、って言ってしまってもいいのかもしれない)
許嫁であることを明かせば、その注目は俺と分散できるはずだ。たぶん。とてもシンプルすぎる考えではあるけど。
それに夜宮は、本当は学校でも一緒にいたいと言ってくれた。なら、今許嫁であることを隠しているのは、もしかしたら俺のためにしかなっていないのかもしれない。
「口を開けてください。あー……」
「あ、あ~」
なんて考えていたらスプーンが口の目の前にあって、慌てて口を開ける。
俺の口に甘くて冷たいものが落とされた。夜宮のパフェは先端のアイスが削れている。
「む……」
「ど、どうですか?」
「……あ、甘い……かな」
「そ……そうなんですね」
スイーツの感想としてはほぼ最低に近い感想が出てしまった。
今度は夜宮が目線をパフェに落として、おもむろに同じスプーンですくって食べた。口元を反対の手で軽く隠しながら、口をゆっくり動かしている。
……俺も聞くべきか?
「お味は?」
「……あ、甘い……です」
俺たちに食レポはできなさそうだ。
――「あーっ」「若さが眩しい」「わかい」「学生かぁ……」「コーヒー飲みたくない?」「コーヒーください」「ブラック」「はい。ブラックで」「砂糖は絶対抜いてください。過多で。はい」
なぜか周囲の人が突然コーヒーを頼み始めている。
俺も口の中が甘いし、一緒に頼んでおけばよかったかな。
「柊くん」
「ん?」
「パンケーキもありますね」
夜宮が見つめる先には、俺の前にあるパンケーキ。
そして、ナイフとフォーク。
「いや、これは取り分けできるから……」
「でも現状はわたしだけが食べさせてあげているので」
「……ま、まあ」
そうだけど。そうなんだけど。
なんだかさっきより周りから見られている気がするんだ。
わかってるんだ、周囲のお姉さんがこっちを見てるの。
夜宮は気づいていないらしい。目を閉じて口を軽く開けている。待ちの姿勢だ。こうなるとこれはだめでございますとは言えない。
小さく、一口サイズにパンケーキを切り分けて、フォークに刺した。
「夜宮、あー……」
「あー……む」
無心で夜宮の口にパンケーキを運ぶ。目を閉じたまま夜宮が口を動かしている。周囲からは呻き声が聞こえる。
夜宮は細い声で言った。
「……お、美味しいです」
「……良かった」
その後も食べさせたりしながらスイーツをいただいた。
後日、そのお店のコーヒーに『苦味マシ』のメニューが増えていた。
……増せるのか。苦味って。
10年前にタイムリープして幼馴染のお嬢様を助けたら許嫁になりました~素直クールな彼女は構ってもらいたそうにこっちを見ている~ じゅうぜん @zyuuzenn11
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