第33話 顔を貸す
「――おい榎並……ちょっと顔貸してくれや」
……マジかー。
ちょっとガラの悪いクラスメイトから呼び出しを食らったのは四時間目の体育の授業の後だった。体育は男女別れていて、更衣室には男子しかいない。端っこで着替えていたら、突如として三人くらいに囲まれたのだ。
(いや、三人じゃないか?)
前に出ているのは三人だったが、他のクラスメイトもこちらに視線を向けている。
ちょうど今朝、綾人から話を聞いた。どうやら俺はクラスメイトからヘイトを買っていると。
まさか、ここにいる全員そうなの?
「榎並、聞いてんのか? 俺たちのことなんて眼中にないだろうが……話くらい聞いてくれよ」
「眼中にない?」
意外に思って聞き返すと、ガラの悪い彼が顔をしかめてくる。
「いつも俺たちのこと見下して見てるんだろ? どうせ名前だって知らねえだろ、一緒のクラスなのに自分が勝ち組だからって……」
名前を知らない?
「いやいや何言ってんだ。──鬼崎くん」
「……え?」
名前を呼んだらびっくりされてしまった。他の人も意外そうに目を丸くしている。
これはもしかして……。
「まさか名前も覚えてないとか思われてた?」
図星だったようで目を逸らされる。
そんなの、こっちがびっくりだ。名前くらい覚えているに決まっている。鬼崎くん。顔は怖いしガラも悪いが、別に悪い生徒ではない。友達も意外にいるし、日頃クラスでは楽しく男子らしいバカをしている。ちょっと口は悪いが。
「名前くらいわかるよ。自己紹介しただろ……」
周囲に「マジか」「意外だ……」みたいな空気が広がっている。俺はなんだと思われていたのか。そこまで周りに興味がないと思われていたのか。
そりゃ覚えてるに決まってるよ。
だって……友達欲しいし。
普通に俺も仲良くカラオケとか行ったりしたいよ。
タイムリープ前はそういうのゼロだったから。
「う、嘘だろ。……もしかして全員の名前わかるのか」
「当たり前だろ。鬼崎くん。相川くん。水野くん……」
といった感じで全員並べていったらめちゃくちゃびっくりされた。「俺、榎並の中で顔一致してたんだ……なんか感動だわ」とか言われてる。
君らの中の俺は何者なんだ。
「……じゃあなんで、お前はいつも俺たちのことスカした目で見てたんだ」
「え? スカした?」
「とぼけんな。体育のペア組の時もスカした目で『俺には関係ない』って顔してんだろ」
違う。死んだ目でぬぼーっと突っ立ってるだけだ。
タイムリープ前からの癖かもしれない。ペアは誰とも組んでもらえないから、初めから組むことを諦めているのだ。まぁ最近は綾人が来てくれたりするけど。
それに意識が一部、別のところに飛んでいるのもある。
体育は男女別だ。その間、夜宮のことが気になってしまう。
夜宮も人付き合いが得意なタイプじゃない。向こうで何かハブられていたりしないだろうか、とか。運動得意じゃないけど平気かな、とか。こっちも最近は皆森がいるからけっこうマシにはなった。
ちなみに皆森から聞いた話によれば、夜宮は体育の時間も真面目に頑張っているらしい。
……しかし、クラスメイトに勘違いさせたのは俺が悪いのではないか。
こっちから何もせず、勝手にクラスメイトと友達にはなれっこないと思い込んでいた。意識もクラスメイトではなく、夜宮に向いていた。別に目がスカしてなくても、関わりづらいタイプであるのは間違いない。
頭を下げて、謝った。
「……悪い。俺が嫌なやつだったな。これからは気をつけるよ」
鬼崎くんは唖然としていた。いったい君の中で俺はどれだけゴミカス野郎だったのか。
「そ、そうか……」
ちょっとしょんぼりしている。申し訳ないと思っていそうな顔だ。鬼崎くんはやはり悪いやつではない。
「俺は何も気にしてないよ。むしろ俺の方が悪かった。他のみんなも」
「榎並……」
なんだか一件落着の雰囲気が流れている。みんなの中の俺への誤解は無くなっただろうか。
「よかったね柊介。流石」
いつの間にか近くにいた綾人がにっこりと微笑んでいる。よかったね、じゃないが? お前はわかってたんだからもうちょっと誤解消すために動いてくれよ。
「……なら、榎並」
「ん?」
話は終わりかと思った所に鬼崎くんが話しかけてくる。
「お前がスカしたやつじゃないと見込んで、相談があるんだが」
「お、おお」
鬼崎くんが言いづらそうにしているのを見て、俺は内心ちょっと盛り上がっていた。
相談。来た、これ。
誰かに何かを相談する。軽いものであれ、重いものであれ、相談する時は相手から何らかの回答を期待している。
そう、俺は今、クラスメイトからの期待を受けているのだ。
タイムリープ前は相談なんて受けたこともなかった。せいぜい妹から『兄ちゃん、今日はどっちの服がいいと思う?』とか聞かれたくらいだ。
「ちょっと言いづらいんだが……」
「全然いいよ。何?」
鬼崎くんの雰囲気的にちゃんとした相談である。これは真面目に答えないといけないだろう。
相談を聞く際の心得。
まず間違いなく否定から入ってはいけない。ちゃんと受け止め、そのうえで相手が解決法を求めているのか? 共感を求めているのか? で答えを導く。否定から入れば相談してくれた相手も傷ついてしまうことがあるだろう。
俺が手の動きを止めたのを見て、意を決したように鬼崎くんが口を開いた。
「よ──夜宮さんに告白、いけると思うか?」
「絶っっ対に諦めた方がいいね」
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