第32話 テスト後

 テスト勉強を行った日。夜宮がどうも教えるのが苦手ということがわかったので、その日以降も代わりに俺が皆森の勉強を見ることになった。


 もちろん俺一人では不安もあるので、夜宮も一緒だ。俺が間違っていても、夜宮はすぐに指摘してくれる。


 思考回路は不明だが、答えだけをパッとくれる夜宮。

 グーグル先生よりも早い。


 勉強会はあの日以降も数回やった。

 場所は相変わらず俺の家である。


「ごめんね榎並くん。迷惑かけちゃって」

「いや平気だよ。教えるのも勉強になるし」


 皆森は終始申し訳なさそうにしていた。言いながらとか、勉強している間も、俺よりはどちらかというと夜宮の様子を気にしている。


「日奈ちゃんもごめんね」

「いえ、平気ですよ。紗良さんのためです」


 夜宮はわずかに微笑んで答える。特に何かを気にした様子はない。なんだか余裕めいたものも感じられる。


 前に夜宮の家に泊まってから、夜宮はちょっと落ち着きみたいなものが出てきた。

 買い物に行った日みたいに、人前で何か突拍子もないことをすることは無い。


 けど、皆森が帰ってから、ちょっと雰囲気が変わることはあった。


「じゃね、二人とも! テスト頑張ろうね!」


 勉強会が終わって、皆森が駅の改札を通るのを手を振って見送る。時間はまちまちだ。暗かったり、夕方だったりする。俺たちは家が近いので皆森と別れたらそのまま引き返すのだが。


「柊くん」

「どうした?」

「手、繋いでもいいですか?」

「…………」


 夜宮からは恒例のように、手を繋ぐことを求められていた。


「今日は、なんで?」

「足元が暗いので、転ぶかもしれないからです」


 この前は『夕暮れ時は日が眩しいから』だった。理由とかはどうでもいいのかもしれない。俺も特に断る理由はない。


「いいよ」

「はい」


 手を繋いで、家までの短い道のりを歩く。会話はあったりなかったりする。

 家に帰ると杏沙がいる。学校では皆森もいるし他の人もいる。そういう時は夜宮はあんまりくっついてはこない。あくまであんまり人目が無い時に、こういう距離の詰め方をしてくるようになった。


「柊くん、手を繋ぐのはなんでだろうと思ってますか?」


 思ってる。けど、なんか察してないのもあれかなと思って黙ってた。


「これはバランスです」

「……バランス?」

「柊くん成分を補給する必要があります」


 きゅっと手を握られる。夜宮はちょっとだけむくれたような顔をしている。

 バランスというのがなんなのか、うまく掴めてはいない。傾いた天秤が平行になる様子がイメージされる。片方には謎の俺成分が乗っかっている。もう片方は不明だ。

 いずれにせよ、手を握られることは嫌じゃないので。


「……手を握るのなら、いくらでも」

「はい、ありがとうございます」


 答えたら、握られている手がわずかに緩んだ。呟く声も柔らかい。この回答はあっているのか。なんかもうちょっと上手い言葉があったのではないか。そんなことに頭を使う。


 ――というような日々を過ごして、テストを終えた。


 結果も上々。


 夜宮は学年トップ、皆森も赤点は無かったし、俺もそこそこの順位だった。


 ちゃんと皆森はマネージャーさんにテスト用紙を突きつけたようだ。赤点取ったら公表するとか言われてたようだが、しっかり回避できたことだろう。


 学生らしい青春を過ごしている。皆でテスト勉強するとか。

 ……などと思っていたが、いつの間にかちょっとややこしいことになっていた。



 ◇



「柊介おはよー」

「おわ。……綾人か。おはよう」


 テストが終わって学校へ登校すると、正門で唐突に横から綾人が現れてびっくりした。なんとなく神出鬼没な男である。気配も無かったし。


「何かあった? 普段こんなとこいない気がするけど」

「ちょっと小耳に挟んでおこうかなって」

「何を?」

「柊介、今けっこう注目浴びてるのって気づいてる?」


 綾人が苦笑いのような顔で言った。注目?

 いやでもたしかに最近クラスの視線が前よりもねっとりしてる気はする。だいぶ湿度が高いというか、怨念がこもっているというか。


「なんで?」

「一緒にいる人考えてみてよ。夜宮さんに皆森さんだよ。聖女って言われるくらいの人とアイドルと一緒にいるんだよ」

「それは席替えのせいでは……」

「ない」


 にっこりと断言。


 とはいえ、言いたいことはわかる。たしかに最近の俺は夜宮や皆森と一緒にいることが多い。なぜかといえば、テスト勉強の手伝いをしていたからだ。席替え当初は面倒事の気配を感じて二人と距離をとろうとしてはいたものの、今はあまり気にしなくなっている。皆森の赤点回避の方が優先だからだ。


 ……そんな美少女となんだかんだで近くにいる男子が一人いたらどうなるか?


「だからちょっと気を付けて。まぁそこまで大変なことにはならないと思うけどさ」

「……了解。ありがとう」


 綾人はひらっと手を振って去っていく。

 ……たしかにテスト期間も終わったし、あんまり誤解されるような行動は慎んだほうがいいのかもしれない。



 ◇



 そんな風に思った後日のこと。


「――おい榎並……ちょっと顔貸してくれや」


 俺はガラの悪いタイプのクラスメイトに呼び出されていた。


 ……マジかー。

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