第31話 テスト勉強
家に帰ると、まだ玄関のドアには鍵がかかっていた。杏沙は帰っていないようだ。スマホを見ると、『委員会で遅れる』とメッセージが来ていた。
……すると、俺一人の所に二人が来るのか。
家にクラスメイトを呼ぶのって初めてな気がする。夜宮はあまりにもスムーズにうちに来るので、流石に慣れた。それに家が近いので、あんまりクラスメイトという感じはしない。
でも今日は皆森が来る。タイムリープ前はクラスメイト同士で放課後にテスト勉強している様子をなんとなく羨ましくも思った。でもまさか今日急にそのイベントが発生するとは思わないではないか。
なんか微妙に緊張してきた。
杏沙……頼む、早く帰ってきてくれ!
しばらくしてからチャイムが鳴った。
『こんにちは、夜宮です』
『皆森です……!』
インターホンのカメラに二人が映っていた。同じタイミングで来るんだな。
「ありがとうございます、柊くん」
「お、お邪魔しまぁーす……」
二人とも制服から着替えていた。夜宮は薄手のセーターに細身のパンツ姿。皆森は電話で言った通りスポーティな格好だ。けどこの前とはちょっと違う。上は襟のついた厚手のジャケットだし、前よりは明るい色だ。
「二人とも同じタイミングなんだな」
「家の前でちょうど会ったんです」
「ここが榎並くん家なんだ……」
夜宮はいつも通りだけど、皆森はちょっと緊張しているようだ。
リビングまで二人を案内する。
「そこのテーブルの前で適当に座っててくれ。お茶でいいか?」
「あ――手伝いますよ」
「いや、大丈夫。座ってもらっていいから」
キッチンへ来ようとした夜宮を制して、とりあえず適当に麦茶を用意する。
「……やっぱり日菜ちゃんは何回か来てるんだね……」
皆森はコップを持ってなぜか複雑そうな顔をしていた。
……お茶、苦手?
「お茶、だめだったか?」
「え。あ、ううん! 大丈夫……」
皆森が手に持った麦茶に口を付ける。問題ないようだ。
「ちなみにお菓子とかもあるけど、いる? あと今日ちょっと暑いけど冷房とか平気? あ、あとクッションとか必要だったら持ってくるけど……」
「柊くん、今日は慌ててますね」
「緊張してるの?」
夜宮が見たままを呟き、皆森は首を傾げてきた。
してる。だってイベントとしては唐突だったし。緊急イベントの心構えなんてしていないのだ。
「まぁ……急だったからな」
頷くと、皆森はそっと目を逸らした。
「私だけじゃなかったか……」
なんだかほっとした様子である。皆森も緊張してたんだろうか。
夜宮がすっと手を上げる。
「ちなみにお菓子ならわたしが作りますが……」
「……ストップ夜宮。それはまた今度にしよう」
キッチンが粉塗れになったら勉強どころではない。
「日奈ちゃんってお菓子作れるの?」
「はい。実績もあります」
な、なんてうさんくさい。
「そうなんだ! 今度食べてみたいな~」
「わかりました。テストが終わったらごちそうしますね」
なんだか大変なことになりそうな話が進んでいる。
(……まぁ……今日は勉強だからいいだろ)
夜宮のお菓子作りスキルはとんでもないぞとはもちろん言えず、俺は無言で勉強道具を机に並べた。
◇
三人でローテーブルを囲って勉強をする。
俺と夜宮はあんまりわちゃわちゃするタイプではないし、皆森は赤点回避がかかっている。なのでだいぶ真面目に勉強していた。
皆森もヤバいと言う割には順調そうに見える……。
「わ……わかんないぃ……」
と思ってたら、ぽてんとソファに倒れた。ついに音を上げたようだ。
こんな時こそ夜宮の出番である。
夜宮はすっと立って皆森の隣へ移動した。
「どこの問題ですか?」
「問5のやつ……」
「お任せください」
頼もしい頷きを返して、さっと問題文を一瞥する。教科は数学だ。
数学。難しいよな。俺も苦手だ。公式を覚えるだけでなく、それらを上手く使えるように解き方を考えないといけない。公式をそのまま当てはめるものはいいけど、ちょっと頭をひねる必要があるものは大変だ。
「わかりました――!」
夜宮の目が光る。そのままばばっとノートに式を書いて、皆森に見せた。
「これが答えです!」
「おー!」
皆森が歓声をあげる。俺も横から覗いてみた。ノートには夜宮の綺麗な字で完璧な式と回答が導き出されている。……あ、これ最近ちょうど俺も詰まった問題だ。応用が必要なやつで、ちょっと難易度が高い。
皆森がしばらくして口を開く。
「……あの、日奈ちゃん。これってどうやって解くの?」
「…………?」
夜宮が首を傾げた。
「えっと……こういう式を書くとですね……」
「…………?」
今度は皆森が首を傾げた。
……これはもしかしてよくあるパターンではないか?
頭は良いけど、教えるのが下手なやつ。
もしかして夜宮はその典型ではないか。
「あの、ここがこうなって……」
「う、うん……?」
だめそう。
「……皆森、ちょっと貸してもらっていいか?」
「え? うん。いいよ」
皆森のノートを貸してもらう。夜宮が書いた式は端折っていい所を全部端折っているから、短くて端的な式になっている。
でも数学が苦手な人種はそういう略式にするのが苦手だ。端折る前の式を一つずつ書いて、段階を踏んで答えに導いていく方がいい……はず。
「まず、こっちのを分解する。するとこうなるのはわかるか……?」
「う、うん」
「次はこっちで。ここの分解を……こう。すると今度はこういう風に分解できる」
「うんうん」
――という感じで教えていき。
「はー、なるほど! よくわかりました榎並せんせー!」
俺が式を書いたノートを皆森が掲げて見ている。よかった。なんとかなった。
タイムリープ前に誰かに教えたのは会社の業務くらいだったが、そんなのでも教える経験は経験だ。数学を教えるのに役立つくらいにはなった。
……その隣、夜宮がうな垂れている。
「す、すみません。教えるの下手で」
「だ、大丈夫だよ! そもそも私がわからないのが悪いんだし」
「……どうしても俺もわからない問題はあるから、その時は夜宮に見てもらおうかな」
「わ、わかりました。ちゃんと教えられるよう頑張りますね……!」
夜宮は俺も解けない問題が解けるというのに、教えるのは下手らしい。……感覚で解いてるんだろうか。
「――ただいまー」
とそこで玄関からマイシスターの声が聞こえてきた。
ひょこっと杏沙が廊下から顔を覗かせる。
「こんにちは~。日奈さんとにーちゃんの友達の方ですよね、ゆっくりしてってください……」
そう言って立ち去る……と思ったら、また戻ってきた。
「……って待って! 女の子!?」
「おかえり杏沙」
「お、おかえりじゃないよにーちゃん! ちょっとこっち来て!」
杏沙が急に慌てだして、俺をリビングから引っ張り出した。
「ど、どうした?」
「えーっと…………にーちゃんって、私が知らないだけでもしかしてめっちゃモテる?」
「いや別にそんなことはない」
どう想像の羽が広がったんだ。
友だちと言って呼んだのが女子だっただけだ。母さんがしそうな想像の飛躍である。
そんな俺の後ろから今度は皆森がやってきた。
「榎並くんの妹さんだね。皆森紗良って言います。よろしくね!」
「あ、は、はい! よろしくお願いします」
華やかな笑みに杏沙がたじろいでいる。流石は皆森。距離の詰め方が早い。杏沙は頭を下げ、「な、なんでこんな可愛い人がにーちゃんと……?」とか呟いていた。たぶん俺も同じ立場なら同じことを思う。
「あ、あの、皆森さん、メリフレの水無月紗良に似てるって言われませんか? なんだかすごく……あれ? 似すぎてない……?」
「あ、うん。そだね。本物だよ」
「ほっ…………え? ほん……え? ……にーちゃん、あの」
あまりにさらっと言うから杏沙が混乱している。
「本物だよ」
「……え?」
頷いたら、一言呟いて杏沙がすべての動きを止めてしまった。
「あれ……もしかして刺激が強かったかな?」
皆森がまずいことやっちゃったかな、みたいな顔をしている。
杏沙が元に戻るまで十分くらいそのままだった。
皆森くらいになると、自己紹介で人を気絶させられるんだな……。
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