第30話 おつかい

 その後二人と別れて、まずは一人でCDショップへ行った。杏沙からのおつかいを済ませるのだ。

 夜宮は一応着替えますと言って先に帰った。皆森は変装……もとい着替えをしてから来るらしい。家もそこまで遠くではないようだ。


 皆森──水無月紗良が所属するアイドルグループは『メリーリフレクション』。

 通称メリフレ。三人組のユニットで人気もある。


 お店に入ってすぐのところに宣伝用のポスターがあった。

 三人がポーズをとって並んでいる写真だ。センターに黒髪の綺麗な子。左に金髪を結んでいる子。その右に皆森がいる。それぞれきらびやかなアイドル衣装を着ていた。

 他の二人も当然可愛い。けどやっぱり知り合いなので、皆森に目がいってしまう。


 ……ウインクしながら投げキッスしてる皆森。


 なんだかすごい変な気分になる。知り合いだからかな。

 でも俺もこの前「がお」みたいなポーズをされた。ちょっとあざといポーズは似合っているなと思う。


 特典はポストカードが入っているようだ。

 メンバー別で三種類あるので、水無月紗良のやつを買う。


「あれ? 柊介?」

「え"っ」


 そして店を出ようとしたところで、横合いから見知った爽やかイケメンに呼び止められた。


「あ……綾人か……奇遇、だな」

「奇遇だねぇ」


 にっこりと爽やかな笑みを浮かべるのは、席替え前に後ろに座っていたイケメン、折原綾人であった。すごい綺麗な笑みなのだが、なんとなく色々と見透かされていそうで怖い。いや、今ここにいることに後ろめたいことはないんだけど。


 綾人は俺の手に持ったビニール袋を見てうんうんと頷いている。


「柊介もメリフレのCDを買いに来たんだね」

「ん……綾人もそうなのか?」

「そうだよ。近所のお姉さんにパシらされてね」


 笑いながら仕方なさそうに肩を竦めている。


「近所のお姉さん……仲良いんだな」

「あはは、そうかな。単に幼馴染ってだけだけど」


 タイムリープ前は知らなかった新情報だ。綾人でもパシられたりするんだな。


 綾人は学校でもよく女子に声をかけられたりしている。モテモテ系男子だ。でも特に誰かと付き合うとか、そういう軽いキャラには見えない。そういえばタイムリープ前も、誰かと付き合ったみたいな話は聞いたことがない。


 その幼馴染のお姉さんが関係しているのだろうか、と勝手にぼんやり妄想する。

 まぁそういう話は、今はちょっと聞きづらいか。


「俺も妹のおつかいだから、似たようなものだな」

「そうなんだ。てっきり仲良しだから皆森さんのために買ってるのかなーって」

「うん……!?」


 にこやかに言われてびっくりする。


「え? よく喋ってない?」

「席が近いから」

「それだけ?」

「それだけ」

「へー」


 なんだその淡泊な「へー」は。


「まぁいいんだけどさ」


 さらっと流されてなんだか逆に不安になる。……本当に何もないぞ。席が近いのと、後は夜宮と仲が良いから喋ることが多いのだ。友達ではあるけど。


「そういえば柊介さ。水無月紗良って引退の噂出てたけど、そういう話って聞いた?」

「……ん? 引退?」

「うん。あれ? 知らない?」


 知らない。

 皆森が引退? そんな話があったのか?


「僕らが入学する前くらいにネットで引退の噂があったんだよね。メディアの露出も減ってたみたいだし」

「……それって、受験だからってだけじゃないのか?」

「ああ、たしかに」


 綾人が納得いったように笑う。……なんだ、そんな感じの軽いやつか。

 ネットの噂に踊らされてはいけない。SNSは毎日とんでもない数の人がとんでもなく適当なことを言っている。嘘は嘘であると見抜かなければ。


 綾人ならその辺りは察せそうな気はするものだが。


「じゃあね柊介。僕も早いとこ買って帰るよ」

「おー、じゃあな」


 手を振って綾人と別れる。


 帰りながら、なんとなく皆森の引退の噂についてスマホで調べた。『水無月紗良、引退ってマジ?』『そういえば最近見ないな』みたいな呟きが数か月前のSNSに転がっている。でも、特にそれがまとまった記事も無いし、ネットでも信憑性のある情報ではないようだ。


(噂は噂だな……)


 気になるなら杏沙に聞いてみてもいいかもしれない。ファンだし、何か知ってる可能性はある。


 とそこで急に電話が鳴った。

 相手はちょうどその皆森だ。


「……もしもし?」

『や、やっほー、榎並くん』


 明るい声。でもさっきまで引退のことを調べていたから、少し身構えてしまう。


「なにかあったか……? 忘れ物とか?」

『ううん。違くて』

「じゃあなんだ」

『え……榎並くんって、どんな服が好き?』

「ええ……?」


 なんだ急に。今日のテスト勉強と関係があるんだろうか。

 どんな服が好き。そうだな……。


「動きやすい服かな……」

『あ、そうじゃなくて! えっと、私が着るやつ!』

「皆森が?」


 俺の好みを聞かれていたわけじゃないようだ。まぁたしかに俺の服装を知ってどうするのだろう、という気もする。


 でも皆森の服装か。俺は別に服装とかファッションとか詳しいわけじゃない。服だってこの前皆森に選んでもらったくらいだし。


 皆森が何を着ていたらいいか。……思い起こされるのはさっき見たポスター。


「アイドル衣装かな……」

『えっ、ええ!? そ、それは流石に着ていけないかな……』

「……な、なるほどぉ!」


 今日着ていく服の話をしてたのか!


「じゃあこの前のあの……スポーツっぽいやつとか……」

『わ、わかった。ありがとー!』


 なんとか絞り出した服装を伝えると、お礼を言われて電話が切れた。


 ……アイドル衣装は着ていけない。ごもっともである。






 ◆ side 皆森紗良



 榎並くんの家でテスト勉強をすることになった。

 なってしまった。


 いや、なってしまったというのは言い方が良くない。最後は私が押したのだから。榎並くんは悩んでいたけど、結局頷いてくれた。妹ちゃんのメッセージのおかげだ。

 杏沙ちゃんと言うらしい。


「何着ていこうかな……」


 考えてみると、男の子の家に行くのは初めてだ。

 別に、当然、変な意味はまったくないけど。


 なのであんまり服装にも悩む必要もない。さっと着られるものでもいい。きっとジャージでも二人は特に嫌な顔はしないだろう。


 けれどさっきからクローゼットの前と鏡の前を往復して、むむむ……と悩んでいる。


「そうだ。榎並くんに電話して聞いてみるか……」


 悩みすぎるのもよくないし。



 ◆



「――わ、わかった。ありがとー!」


 数分後、榎並くんとの電話を切る。

 あげてくれたのは、この前のカフェで会った時の服装だった。緩めのMA-1にキャップを合わせた、けっこうストリート寄りの格好だ。


 ……最初に『動きやすい服装』って言ってたけど、あながち間違ってないのかな?


(それにしてもアイドル衣装か……)


 急にそんなことを言うってことは、たぶんポスターを見たんだろう。CDを買うとか言ってたし。

 どう……思ったんだろう。変だとか思われなかったかな。

 けど、さっきの流れでアイドル衣装と口にしてくれたのだ。つまり悪い印象は持っていないはず。


(……なら、けっこう嬉しいけど)


 そうして着替えながら、ぼんやりと日奈ちゃんと榎並くんのことを考える。


 朝、二人とも同じシャンプーの匂いがしていた。

 まぁ普通に考えてお泊まりだったのだろう。放課後から向かったわけだし、その本家というところが遠い場所なら「もう遅いから泊まっていったら」となることはありうる。


 距離感も近づいていた。変なことはないと言っていたけど、きっと距離感が変わるようなことはあったんだと思う。

 気にしない方がいいのかもしれない。でも気になってしまう。


「はぁ……」


 なんだか最近変な風にため息を吐くことが多くなった。メンバーの子にも「どうしたの?」と心配されている。


 よくないよくない。


(榎並くんは日奈ちゃんの傍にいるわけだし)


 友だち同士で仲が深まるのはいいことだ。うん。

 私は近くで見守るくらいがいい。

 きっとそれが一番だ。


「――着替え、完了!」


 鏡の前で軽く前髪を整えてから、荷物を持って家を出た。

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