第29話 テスト前の日々

 授業が終わり、放課後になった。


 今日の授業は試験範囲の話が多い。そろそろ中間テストの時期である。夜宮も昨日テスト勉強をしていたが、俺もしっかりやらないといけない。


 ホームルームの後、我らが担任は「テスト一週間前だから、お前らちゃんと勉強しろよー」みたいなことを言って教室を出ていった。

 教室内でも「テストやべー」とか「勉強してる?」とか、話題はテストのこと一色だ。


「うげ……」


 そんな中、後ろで呻いているアイドルがいる。

 振り返ると皆森がすごい嫌そうな顔で机に倒れていた。


「テストやだなー……テストの日に風邪ひくように調整しようかな」

「紗良さん、それだときっと追試になります」

「う……」


 夜宮に冷静に突っ込まれている。

 そもそも風邪は調整できるのかという疑問はあるが、いけるんだろうか。アイドルの体調管理能力は逆に風邪を引くことにも使えるのか。


「そういえば皆森は勉強とかする時間ちゃんとあるのか? アイドルの仕事とかあるんじゃ」


 皆森はアイドルとして働く傍らで学校に通っている。もちろんその分、他の人より勉強の時間は取りづらいはずだ。


「うーん、仕事は落ち着いてるから平気なんだけど……でも『赤点だったらファンに発表して仕事いくつか休ませる』ってマネージャーさんに言われてるんだよね……」


 皆森の顔が暗くなってどよーんとしていた。

 たしかに赤点を全国に発表されるのは嫌だ。


 がばっと机から起き上がる。


「だから勉強しないといけないの!」

「……頑張ってくれ」

「榎並くんも赤点とったら一緒に発表しようね」

「しない」


 水無月紗良の赤点情報は人によってはちょっと面白いかもしれないが、俺の赤点には何の価値もない。知らない人の赤点情報を見せられてもな。


「でもさ、やっぱり高校の授業って難しくない? 覚えることが多い気がする」


 そうかもしれない。

 俺もタイムリープ前はけっこうついていくのに苦労した記憶がある。友だちもいなくて暇だったので勉強はしていたが、それでも順位は平均の前後だった。


 でも今は一周目の記憶もあるので、だいたい追いつけている。夜宮ほどではないだろうが、たぶんそこそこ覚えは良いはずだ。


「そうですね。ちゃんと勉強に時間を取れないと点数が落ちてしまうかもしれません」


 夜宮も頷いている。皆森はがくりと肩を落とした。


「だよねー……勉強か……」


 皆森は辛そうだ。うげとか言っていたし、本当に嫌なんだろう。そういう人はいる。勉強に対してモチベーションを持てるか持てないか、けっこう人によって差があるものだ。


「夜宮と一緒に勉強するとかどうだ?」

「日奈ちゃんと?」

「わたしがですか?」


 ふと思いついて提案する。二人で勉強すればいいのではないか。夜宮は非常に頭がいい。皆森がわからなくて詰まっても相談に乗れるんじゃないかと思う。


「助かるけど……日奈ちゃんは平気?」

「平気です!」


 食い気味に返事をしている。乗り気なようだ。

 不意の思いつきにしては良い提案だった気がする。二人ともこれでもっと仲良くなれるかもしれないし。


「放課後どこかに行きましょうか。……皆さんはどういう所でやるんでしょう?」

「ファミレスとか、図書館とか?」


 顔を向けられたので答えた。

 イメージだけど、周りはそういう場所でやっている気がする。


「あ、でもそういう所だともし私が身バレしちゃったら大変かも。気を抜かなければたぶん大丈夫なんだけど」


 たしかに水無月紗良がいると知れてしまったら勉強どころではないかもしれない。


「なるほど……ではどうしましょう……」

「うーん……やっぱり場所が難しいかもね」


 ちょうどいい場所を見つけるというのはなかなか難しいものだ。ファミレスとかだって、席が空いていなかったら途方に暮れてしまうわけだし。


 と、そこで俺のスマホにメッセージが届いていることに気付いた。


『にーちゃん、帰りにツアレコでメリフレのCD買ってきて! 特典はさらちぃのやつね!』


 杏沙からだ。兄をパシるとは。……もちろん買うけど。

 皆森がちらっとこっちを覗いてくる。


「誰から?」

「妹だ。……水無月紗良のパッケージのCDを買ってこいって」

「あー! 今日発売日だもんね。お買い上げありがとうございます。というか榎並くんの妹ちゃん、私のファンなんだ」

「猛烈にファンだな」


 三時間以上語り続けるくらいにはファンである。


「あ、じゃあ……榎並くんの家行く?」

「え?」

「勉強の話」


 皆森が不意にそんなことを言い出して、一瞬何の話かわからなかった。

 夜宮が頷く。


「たしかに家の中なら大丈夫かもしれませんね。柊くんがよければですけど」

「お……俺の家!?」


 そもそも俺が勉強会のメンバーに入っていることも謎だけど、俺の家というのはどうなんだ。そこは一番アイドルが来ちゃいけない所ではないか?


「皆森は……」

「平気だよ。変装するし」


 皆森の変装はたしかに完璧だ。でもなぁ……と腕を組む俺に向けて、皆森がわずかに声を抑えて言う。


「それならこの前のデパートの方が危なかったよ。榎並くんの妹ちゃんにも会ってみたいしさ。ファンサだよ、ファンサ」


 気を抜いてるファンの所に当人が行くって、だいぶ過激なファンサな気がする。

 ……まぁ、杏沙も推しに会えたらびっくりするだろう。

 どういう反応するか全然想像できないけど。


「……ちょっと妹に聞いてみるな」


 家にいるのは杏沙だけだ。母さんはたぶんまだ帰ってこないと思う。

 ぽちぽちと『友だちを呼んでテスト勉強してもいいか? 夜宮ともう一人』とメッセージを送る。

 『にーちゃんに日奈さん以外の友だち!? 全然いいよ!』と返ってくる。その後『パフェ一回ね』と来た。……たいへん良い妹である。今度奢ろう。


 そういうわけで、うちでテスト勉強をすることになった。

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